はじめに
2024年8月末、株式会社三菱総合研究所主席研究員であり、当協議会の理事を務める松田智生氏とともに鹿児島市喜入地区を訪れた。受け入れてくださったのは鹿児島市の生涯活躍のまち事業主体である医療法人参天会の新田博之理事長である。
国の地方創生施策が始まった当初から現在までを振り返って、同理事長は、「『生涯活躍のまち』は、人のいないところに事業をもっていって人を呼ぶ。いわば『逆張り』です。習慣性のあるところに行動変容を求めることでもあるので、大変な思いをしました。一方で人口減少による限界集落、消滅可能性都市という『これから起きること』を学ぶ機会になりました。未来を先取りしたことで、早目にその対策に取り組むことができたからです」という。
新田理事長のいう「逆張り」には、少なからぬ地方公共団体や事業者が首肯するだろう。全国各地で事業を展開しているなかで共通する苦労かもしれない。しかし、「これから起きることを学ぶ」という言葉からもわかる通り、多くの地方によって人口減、高齢化、経済成長の鈍化は不可避である。参天会がそれを見据え、自らの法人だけでなく、地域を巻き込み、どのような手を打っているのか。現地で行った関係者の方々へのヒアリングを基に報告したい。

耕作放棄地をサツマイモで再生

 中名(なかみょう)地域コミュニティ協議会、中名校区社会福祉協議会会長の福里廣さんが、地元の耕作放棄地を活用して、サツマイモづくりをしようと提案したのは令和4(2022)年のことだった。サツマイモの本場、鹿児島でこよなく愛される芋焼酎を開発する「新さつま島美人プロジェクト」である。鹿児島ユナイテッドFC、同クラブのオフィシャルトップパートナー、長島研醸有限会社、そして中名地域コミュニティ協議会が連携し、地域を盛り上げるためだ。
「私たちは素人なので専業でサツマイモとタバコをつくっている甥に聞いてみました。彼がいうに『ひとつの銘柄をつくるためには最低10tなので、喜入の6校区で作るには1校区2tの収穫、農地は1,000㎡が必要だ』と。私たちはまず当該農地に耕運機を入れて整地しました。土壌消毒剤の散布、床マルチづくり、芋苗の植え込みなどの作業は地域住民、ユナイテッドの選手による人海戦術です」

中名地域コミュニティ協議会・中名校区社会福祉協議会会長の福里廣さん(右)と前原博明さん。中央は「新さつま島美人」。

 令和4(2022)年の収穫量は予想を超える3.4tだった。それを使った長島研醸が「新さつま島美人」という商品を完成させた。ユナイテッドがJ3からJ2に昇格できるどうかの瀬戸際である。同年12月に昇格が決定。「新さつま島美人」は祝い酒となった。
「ただし、このプロジェクトを事業化して採算をとることは難しく、いまは有志の持ち出しです。でも地域の人々と選手との触れあいは何ものにも代えがたい。収穫後は子どもたちと選手でミニサッカーをやりました。子どもたちに『芋掘りするからおいで』と言っても来ませんが、『ユナイテッドの選手とやろう』というと喜んでくるんですよ」と福里さん。それを受けて松田氏は、
「Jリーグでもビッグクラブではほとんど地域とのつながりはないそうです。川崎フロンターレの中村憲剛選手は入団時、まだクラブの知名度は低く、サポーターも少なかったので、駅前でビラ配りなどをしていた。だからビッグクラブになった今でもサポーターに愛されている。ユナイテッドの選手にとっても、このプロジェクトは貴重な体験になるのではないでしょうか」

耕作放棄地でのさつまいもづくり。鹿児島ユナイテッドFCの選手が巧みにトラクターを運転する。

 翌年のサツマイモの収穫は1.3tと落ち込んだ。連作が難しいのだという。人手が最も必要なのは芋苗の植え込みや収穫ではなく、その間の農地の維持管理とのこと。そこが予算化されれば、シルバー人材の活用に向けてもプッシュツールになるというのが新田理事長の考えだ。松田氏は「ふるさと納税」の可能性に言及した。ただし、モノの販売ではなく、コトの体験として。
「返礼品をもらうだけではその土地への愛着は生まれません。大都市から喜入に来て、芋苗を植える、草取りをやる、収穫する。社員が一緒に来れば、社内会議よりもずっと元気なりますよ(笑)。役割分担をしながら作業をすることでチームビルディングにもつながります」

JR喜入駅廃止の危機

 ちなみにコロナ禍によって乗降客数が激減したJR喜入駅は現在、無人駅となっている。コロナ明けもその数が戻らない(2019年は1日当たりの乗降客数が1,154人だったが、2024年はコロナ禍時の400人台に留まっている)ことから、喜入駅の存続が問われている。鉄道駅がなくなると、地元に住む高校生らの移動手段が失われ、若年層の人口が流出する可能性が高まる。

JR喜入駅

 ユナイテッドは喜入駅の駅舎の指定管理をJR九州から受託することが決まっている。喜入町にはユナイテッドのトレーニング施設「ユニータ」が整備されており、練習試合を行えば、相手チームのサポーターが数百人単位でJRを使って応援に来るだろう。そのためにも喜入駅を廃止しないでほしい。喜入地区では存続のための署名活動が行われた。7月1日~31日までに集まった署名は約7,000人。同年6月時点の喜入町の人口は約1万500人であるから、住民の7割がしたためたことになる。福里会長は中名地域だけで900名の署名を集めたそうだ。「地域づくりの鍵はリーダーシップ」という中名地域コミュニティ協議会の前原博明さんの言葉が印象的だった。

古民家カフェをオープン

 2024年3月30日、喜入町旧麓地区において、下鶴隆央・鹿児島市長出席の下、喜入旧麓(もとふもと)交流館「陽だまり」の落成式が行われ、4月1日にオープンした。古民家を改修したカフェである。

陽だまり外観

 運営責任者は鹿児島市喜入校区まちづくり協議会会長の春田博明さん。春田さんは種子島出身。自衛隊高等工科学校を卒業後、定年を迎えるまで自衛官を務めた。奥様が喜入中名町の出身であり、喜入の人々の優しさや温かさに惹かれた春田さんは平成6(1994)年の42歳のとき喜入に家を建てる。自衛官時代は全国各地への単身赴任が多く、定年となって戻ってきた。

喜入校区まちづくり協議会会長の春田博明さん(左)と米倉啓介さん

「私は外様なのにまちづくり協議会の会長になったのは、まちづくりの担い手が不足しているからです。このエリアは結構、新しい家も建っているのですが、夫婦共働き世帯が多く、日中は不在であることが多いんです」
 まちづくり協議会には4つの部がある。ふるさと部はふるさと祭りや敬老祝賀会の企画・陽だまりの運営、安全安心部は交通安全・見守り活動、青少年育成部は毎月1回の学校の校門での挨拶運動・グラウンドゴルフ・史跡めぐりのウォークラリーの運営、社会体育部は集落対抗ソフトボール大会ほか地域のスポーツ・イベントの運営である。

ローカルの現実

「陽だまりカフェは毎週金土日10:00~14:00に開いています。業務は地元の日本遺産の案内(旧麓は小松帯刀の生まれたところであり、喜入領主肝付家の墓、江戸時代に優れた刀工をたくさん輩出した玉置家の歴代の墓もある)、珈琲と団子セット、かき氷などのメニューの提供(食事のサービスは建物の構造上、不可)。そのほか、ユナイテッド応援用の絵馬の販売や選手のキーホルダーの入ったガチャポンの設置。5月にはJR九州主催のマルシェに合わせたウォーキング、7月には七夕まつりを開催しました」と春田会長。
 陽だまりカフェを運営するまちづくり協議会は鹿児島市から2年間の助成を受けている。現在、スタッフは8名。ほとんどが65歳以上の女性でボランティア。有志が思いをもって、ほぼ無償で活動している。中名コミュニティ協議会のサツマイモの栽培同様、「これがローカルの現実」(新田理事長)だ。
 春田会長はJR喜入駅存続のための署名を1,000人集めたという。10グループくらいで手分けし、夏祭りや実年会(50~60代を対象)や老人会(70代以上)に出向いたそうだ。彼もまたユナイテッド愛が強い。
「ユナイテッドの選手のキーホルダーが出るガチャポンが結構売れるんです。何度もトライしにくる人もいます。ユナイテッド設立前の喜入町のスポーツ少年団のサッカーチームは一時期、8名まで落ち込んでいました。ちょうど次男が加わっていたときです。ユナイテッド設立後の現在は50名になっています」
 ちなみに春田会長は、コロナ前は鹿児島市街地での宴会によく出かけていたそうだ。「ステイホーム」の4年間で飲みに出かけるのが億劫になってしまったという。喜入町には飲食店が少なく、地元では家飲みがメインとのこと。住民の多くを外に駆り出しているのはユナイテッドなのだろう。同会長は陽だまりカフェでユナイテッドとのイベントを開催することで関係人口を増やしたいという。
 なお、この日の夜には鹿児島ユナイテッドFCの徳重剛クラブ代表/CEO、東理香・営業部部長、米倉佳宏・喜入エリアマネージャーを紹介いただいた。3人とも鹿児島県出身。徳重CEOならびに東部長は高校を卒業後、進学・就職で東京に出た後、ユナイテッドの設立のために帰ってきた。米倉マネージャーは大阪の大学を卒業後、一般企業勤務、サッカークラブのコーチなどを経て、ユナイテッドのある鹿児島に戻った。経営陣の地方創生への考えについては、別途予定しているインタビューで紹介したい。

トレーニング施設「ユニータ」に立つ鹿児島ユナイテッドFCの喜入エリアマネージャー、米倉佳宏さん

最新技術で職員の負担を軽減

 今回のアテンドをしてくださった新田博之さんが理事長を務める医療法人参天会は、上述の活動に関わり、財政的な支援も行っているが、常に「黒子」に徹している。住民主体のムーブメントと位置づけているからだ。ここでは来るべき働き手不足に対して参天会がどのような経営方針を立て、人材育成をしているかについて報告したい。新田理事長は今後を次のように展望している。
「リクルートワーク研究所の『働き手不足1100万人の衝撃』に記されているとおり、深刻な働き手不足の社会が訪れます。高齢者福祉の現場でいえば、まずは利用者さんがいて、利用者さんをケアするスタッフがいて、という従来の順番が、働く人が限られてくると、みずからやろうと思わないサービスは提供されないことになる。2040年には介護人材不足が約58万人と達するといわれています。私たちはこれまで、ケアの現場における機械化、自動化を進めてきました。たとえば、夜間における職員の負担を軽減するための、入居者さんの睡眠の質の向上(睡眠センサによって、日光浴によるビタミンDの摂取まで数値化が可能)、排泄処理の効率化(排泄パターンをAI解析するシステムを導入し、適切な支援を実施)。最新技術の導入によって突発的な仕事の発生を抑制することで、現在は業務のうち3割の削減を実現しています」

介護老人保健施設サンシャインきいれ内のデイケアリハビリセンター前之浜

問題は第3者も交えて解決する

 それによって職員には利用者さんとフェイス・トゥ・フェイスで向き合う時間が増える。気持ちに余裕が生まれる。私たちが介護老人保健施設サンシャインきいれ内のデイケアリハビリセンター前之浜、そして鹿児島市の中心部に建てられた特別養護老人ホーム「うすきの里」を訪れた際、スタッフの方々はゆったりした穏やかな笑顔で迎えてくださった。

表情解析・心理療法の技術を有する機器を使う利用者さん

 新卒職員が直面する困難について、新田理事長はこう語る。
「入居者さんとの間で生じる問題をなかなか解決できずに、いやになってしまうことがあります。そのときは入居者さんの家族、ナース、セラピストら第3者と関わるようにする。自分だけでは解決できないことに対して、連携して取り組む。「〇〇さん、こうしましょう」というように。間違ってもいい。若いのだから当たり前です。上司はそれを部下にとっての新しい学びとしなくてはなりません」

家族のQOLのために

 とはいえ、家族が関わることで生じる問題もある。新田理事長は糖尿病を患っている入居者さんに家族が「一口でいいから」とケーキをもってきた際、職員が断ったがためにこじれたケースを例に挙げた。
「家族は親御さんを施設に預けることで、これまでのワークから解放されます。しかし、『本当は自分が親を看たかった』という心の『あや』が残ります。その『あや』をほぐすのは家族と職員とのちょっとしたつながりです。施設に来た家族の方に「お父さん(お母さん)は〇〇でした」と報告する。すると家族の方に「父には(母には)そんな面をあったんだ」という発見も生まれる。そうするとケーキをもってこなくなるんです」
 新田理事長はそれを「施設家族構想」と呼んでいる。これから入居する人、利用する人の生活歴を聞いても、職員はその人の人生の背景を理解できるわけではない。日々の生活のなかに見られる小さなことの積み重ねを通して少しずつ入居者さんを知っていく。
「それは入居者さんのQOLを向上するだけではありません。家族のそれもよくしていくんです」と新田理事長はいう。

Z世代へのアプローチ

 参天会は新卒を毎年30人程度採用している。
「いわゆる『Z世代』に対するときも、心の『あや』をほぐすことが求められます。ところが、彼ら、彼女らの心の『あや』をプロットする仕組みは日本の職場にはありません。だから多くの若者が3年以内に辞めてしまう。辞めた本人がその後、幸せになっているのであれば、私たちの職場が悪かったというだけのことですが、往々にしてそうでない。とすれば、新たな仕組みが必要です」
 JリーグはZ世代との交流を活発にするひとつのツールでもあるという。
「年俸の高くはない選手がフィールドで必死にプレーしている。その姿を見る私たちは熱くなって応援する。スタジアムではZ世代の職員と自然と打ち解けていきます」

スタジアムで応援する参天会職員の皆さん

 お互いに向き合って、相手を理解しようとする姿勢は大切だ。しかし、それはときに行き詰まる。そこで同じ方向を向いて、同じ景色を見ようとしてみると、一体感が生まれることがある。福祉の現場だけでなく、あらゆる組織にいえることだろう。

一般社団法人生涯活躍のまち推進協議会
事務局長 芳地 隆之