小宮山 宏(こみやま ひろし)さん
株式会社三菱総合研究所理事長/一般社団法人プラチナ構想ネットワーク会長 1944年12月生まれ。工学博士。専門分野は化学システム工学、地球環境工学、“知識の構造化”なども追究。東大総長時代(2005~2009)には『東京大学アクション・プラン』を公表し、大学改革を進め、学術総合化などを推進。2009年に株式会社三菱総合研究所理事長に就任。2011年には、「地球が持続し、豊かで、すべての人の自己実現を可能にする社会」をプラチナ社会と定義し、その実現を目指す全国規模の連携組織として、一般社団法人プラチナ構想ネットワークを設立。会長を務める。『「課題先進国」日本:キャッチアップからフロントランナーへ』『日本「再創造」―「プラチナ社会」実現に向けて』など著書多数。

聞き手/ 松田 智生 (三菱総合研究所主席研究員/生涯活躍のまち推進協議会理事)
構 成/ 芳地 隆之(生涯活躍のまち推進協議会事務局長)

重要なのは政策の継続性

小宮山理事長 リーダーシップをもってまちづくりを進める首長が増えていることです。長野県小諸市では歴代市長がコンパクトシティ・プロジェクトを進めたことで、中心街での空き店舗なしを実現。地価が上 がりました。北九州市はかつて八幡製鉄や三菱化成(現三菱ケミカル)の工場が立ち並ぶ重化学工業の都市で、公害被害が激しかったのですが、それに対して、低炭素社会の実現に向けた温室効果ガスの大 幅な削減など、高い目標を掲げた先駆的な取組を市長が代わっても続けたことで、環境都市へと変わっていきました。 静岡県三島市では地元の工場が井戸水を大量にくみ上げて水量を減らしたところに、住民が生活排水をたれ流してドブ川にしてしまった源兵衛川をなんとかしようと、ひとりの県庁職員が立ち上がりました。彼が始めたのはドブさらい。やがてそこにNPO法人などが加わり、富士山の伏流水のよる豊富な水資源を復活させました。いまでは源兵衛川沿いの1.5kmに及ぶ遊歩道に蛍が舞うようになり、観光客は以前の3~4倍になっています。 全国の成功事例に共通するのは政策の継続性です。上述は珍しい例で、多くの自治体では、首長の交代により従来の政策がひっくり返されることは珍しくありません。私が深く関わっていた松本市の世界健康首都会議も毎年開催され、ようやく定着したと思ったら、新しく就任した市長によって中止が決まってしまいました。

小宮山理事長 私が東大総長を務めていたとき、図書館や国際関係の部署などの職員はなるべく異動させないよう指示しました。継続性が大切な業務だからです。公務員はたいてい2年か3年で異動します。東大も例外ではありませんでした。異動するごとに昇格する人事では、職員が失敗をしないよう仕事をこなそうとなりがちです。しかし、人は責任をもってチャレンジすることがなければ、能力を十分に発揮することはできません。

小宮山理事長 広域連携の難しさです。ある県では基礎自治体が計画的なサイクルで植林、伐採に取り組んでいました。素晴らしい事業だったので、私が会長を務める一般社団法人プラチナ構想ネットワークから「プラチナ大賞」を授与しました。その際、規模を拡大するために、近隣市町村と一体となって取り組んだらどうかとアドバイスをしたのですが、うまくいかない。近隣の市町村はライバルになってしまか らです。 人口減少は日本の大きな課題です。どこもその流れを抑えたいので、市町村間で人口の取り合いになってしまう。そんな競争は不毛です。人口の社会増は近隣自治体のそれと合わせてカウントすればまだいいのですが、それでも日本全体で足せばゼロですよね。 「プラチナ大賞」に横浜市と川崎市が共同で応募したプロジェクトがありました。両市は隣接している部分の境界線が長いので、どちらの市民でも近いほうの託児所に子どもを預けることを可能にするというものです。民間のわれわれには至極当たり前のことですが、自治体職員にとっては画期的な試みであり、こういうところに民間と行政の乖離が見られます。

小宮山理事長 行政が動いてうまくいく場合もあれば、キーパーソンを中心として全体が動くこともあります。たとえば健康長寿で有名な長野県佐久市では、佐久総合病院の故・若月俊一先生のような人が住民を引っ張っていきました。工学を専門にしてきた私から見ると、機械はどこでつくっても同じものができますが、地域づくりのモデルは横展開ができません。地域に依存する変数が膨大にあるからです。

小宮山理事長 大人も子どもも一緒にフラットで学ばなければなりません。プラチナ構想ネットワークが開催している「プラチナ未来人財育成塾」では、50人くらいの中学生を集めて、そこに大学生や大人が加 わっています。合宿形式で、プログラムは午前に2コマくらいの講義、午後にグループ分けをして、自分たちのまちをプラチナ社会にするにはどうしたらいいのかをテーマにディスカッションを行います。大学生や大人はチューターとして入ります。 ここではみんなが平等です。年齢や経験にかかわらず、誰もが自由に意見を出す。この未来人財育成塾には、別途開催している「プラチナ構想スクール」の受講生である自治体職員も参加し、両方のグループから学習の成果を発表してもらうのですが、自治体職員が提案するものは首長の施政方針演説のようなものが多いのに対して、中学生がいるグループの方はアイデアが斬新なんですね。かつて東大で「卵をつかむロボット」を発明するというコンテストを行ったところ、1年生の設計が一番面白かった。学年が上がるにつれ、どれも似たり寄ったりになってくる。「教育って、いったいなんだ」という議論になったものです。 プラチナ構想ネットワークが実施する人財養成事業では、違うバックグラウンドをもった多様な人たちが一緒になって現実の社会課題に取り組みます。ビジネススクールではよく「なぜ〇〇社はつぶれ、 〇〇社は成功したのか」といった事例を検討させるのですが、過去のそれは調べればわかります。過去の答えを探すことには大きな意味はありません。 鹿児島県種子島では、東京大学「プラチナ社会」総括寄付講座が主体となり、21大学が参加するフィールドワーク「スマートエコアイランド種子島」を実施しています。種子島におけるプラチナ社会を考えるシンポジウムでは、ワーキングを行った島の高校生とともに現役の首長が対等に議論をします。種子島には大学がないので、進学を希望する高校生は卒業後に島を離れます。そしてほとんどが帰ってきません。ところが種子島でフィールドワークを始めて以降は、半分くらいが帰りたいと思うようになったそうです。高校生のころに大人と一緒に地域を考える機会をもったことで、ふるさとへの愛着や関心が高まったのではないでしょうか。