新型肺炎コロナウイルスが世界中に蔓延するなど思いもよらなかった昨年のことです。ある自治体の方がこんなことをおっしゃっていました。

「田舎に住んでいると、都会の乗り物のなかで見知らぬ人と身体がくっつくのがちょっと辛いんですよね。列車に乗っていても相手とはそれなりに離れていますから。まあ、そんなに人が少ないから困っているんですけれど」

不謹慎のそしりを免れないかもしれませんが、本書を読んで思い出したことのひとつです。 密閉、密集、密接の三つの「密」は、コロナウイルスの拡大が終息した後も継続的に考えるべき課題。 「 逆参勤交代」はその解決策のひとつにもなるのではないでしょうか。

逆参勤交代とは、江戸時代に各藩の諸大名を江戸に出仕させる制度で、当人たちに負担を強いる制度である反面、江戸には藩邸が建設、全国には街道が敷かれ、新しい人の流れも生まれました。それを、東京一極集中が進むなか、逆にしようというのが本書の主張です。大名に代わるのは主に現代のビジネスマン。彼、彼女らが地方に行くことで、地域で住宅やオフィスが整備されるだけでありません。そこで本社の業務をリモートワークで行うだけでなく、地元の課題解決にも取り組む。それは産業のイノベーションにもつながると思います。

しかも通勤は楽ちん。仕事場が自然豊かな地にあれば、美味しい空気と食事に恵まれます。オフィスに着いた時点で疲弊している都会のサラリーマンよりも効率はずっと高まるでしょう。

それをどのように実践していくか--本書に登場する自治体の首長(逆参勤交代を受け入れる側)、企業人( 地方へ「出仕」する側)の 方々のインタビューや実際にトライアルした模様などの報告をお読みください。

先日、ある企業の方から田舎にいる両親の話をお聞きしました。彼は東京に単身赴任中。家族は神戸市の自宅におられるのですが、ご両親は同じ兵庫県でも内陸の丹波市にお住まいです。自分の子どもたちは神戸生まれの神戸育ちなので、丹波市は自分の田舎ではあっても「ふるさと」ではない。だから自分がちょくちょく帰って、両親のケアや実家の畑の手入れなどもしたいし、なにより「ふるさと」の役に立ちたい、と言われる。そして、「ひと月に何日か実家でリモートワークをしながら、地元のことにも関わることができたらいいんですいけどね」と。

こういう方々は都市圏にはたくさんおられると思います。生かさない手はありません。

三菱総合研究所の小宮山宏理事長は本書で、長い人類の歴史において、つい100年前までほとんどの人々の目標が「飢えないこと」だったのだが、現在は多くの人々が食べられるようになった。そのことで本来「お米が採れた」「今年も食べられますように」といった感謝や願いを込めた地域の祭りがなくなり、コミュニティの結束も弱まったと語っておられます。

新たな祭りが生まれるようなコミュニティづくりに逆参勤交代がどのような形で資することになるのか。そんな想像も膨らませてくれる本書の著者、松田智生さんは生粋の江戸っ子。スマートだし、頭も切れる。自称「もやしっこ」だそうですが(笑)、本書に登場する方々も言われるように、「これだと思ったら一人でもやる」という意志の強さと泥臭さを内に秘めている方とお見受けしました。


ちなみに松田さんへのインタビューはこちらのトピックスに記事があるのでお読みください。本書ではもっぱら松田さんがインタビュアーなので、インタビュイーとしての語りも面白いと思います。