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今月のおすすめ本は安永雅彦さん著『築地本願寺の経営学 ビジネスマン僧侶にまなぶ常識を超えるマーケティング』(東洋経済新報社)
今号に登場いただいた社会福祉法人毛里田睦会の長谷川俊道理事長のお勧めである。
本書はまずお寺を巡る状況を説明する。第一に人口減少。人を相手にする“ビジネス”に影響を与えないわけがない。第二に核家族化。法要や葬儀が減るのでお寺の収入も落ちる。第三は、第一、第二による従来の檀家制度の崩壊。現在、日本にある約7万7,000のお寺は20年後に30%が消滅するともいわれる。
東京都中央区にある400年の伝統を誇る築地本願寺も例外ではない。
本書はメガバンク、外資系コンサルティングを経て、経営人材コンサルティング会社を立ち上げ、経営者としてビジネスを手掛けた後に僧侶に転身した著者が、築地本願寺の代表役員・宗務長として取り組んでいる改革の記録である。「家」の時代から「個」の時代へと変化していくなかで、「人生のコンシェルジュ」として、「顧客との関係が一生涯にわたって継続する仕組み」をつくり出す。たとえば「自分が死んだら誰がお墓の面倒をみてくるのか」「お葬式はどうしよう」「田舎のお寺にあるお墓を東京に移したい」など、都市に住む人なら誰もが抱える悩みを総合相談窓口で受け付けてから、それぞれの専門部署で対応する。
人々に寄り添いワンストップサービスを行う、かつてのお寺がもっていた「よろず相談所」の機能の復活だ。コロナ禍で始めたオンライン法要への申し込みも多かったという。その際の対価は、お気持ちが原則の「お布施」ではなく、「冥加金」として3万円と明記した。自分たちが得意とするものを市場に提供する「プロダクトアウト」から、人々が求めているものをかたちにして市場に出す「マーケットイン」への発想の転換である。
終盤では一転、僧侶としての働き方、生き方について内省的に綴られる。そして終章「なぜ新たな時代に仏教が必要なのか――死を恐れず、『一日一生』を生きる」において、なかなか先の見えない時代に、「すでにモノに満たされている世の中で生まれ育ち、物質的な欲求はない人たちこそ」が「本質的な答え」を探しているのであるから、それが「ニーズであり、マーケットイン」であると書く。したがって築地本願寺の改革と仏教の教えは決して矛盾するものではない。
お寺が変わらざるをえなくなった社会背景(人口の減少、核家族化、檀家制度の崩壊)は仏教界のみならず、私たち社会のあらゆる生活分野に影響を及ぼしている。時代をサバイブしていくための多くの気づきを与えてくれる本だ。(芳地隆之)