Seminar&Event
〈鹿児島市喜入〉生涯活躍のまちをつくる会~移住関心者のコミュニティをつくる~
当協議会は「生涯活躍のまちをつくる会」を開催してきた。生涯活躍のまち事業を進める市町村への移住に関心のある方々に集まってもらい、当該地域に関する情報を提供しながら、しごと、住まい、ケア、子育てなど、自分がそこに住むと想定し、どのような暮らし方ができるのか、したいのかを話し合う場である。行政への働きかけも行う「生涯活躍のまちをつくる会」は、首都圏で地方移住に関心のある方々のコミュニティを「つくる会」でもあり、それがどんな形で行われているのか、6月15日に開催された「鹿児島市喜入生涯活躍のまちをつくる会」の様子を紹介する(文中敬称略)。
オープニング
~出席者が双方向で話し合う場~
司会(生涯活躍のまち推進協議会事務局・芳地隆之)「つくる会」は移住関心先の情報を収集するだけでなく、その地でどんな暮らしをしたいのか、そのためには何が必要かなど、双方向性で話し合う場です。今回は行政ではなく、鹿児島市の生涯活躍のまち形成事業主体※である、福祉と健康のまちづくりを進めている参天会・喜入会共同企業体の方より、その取り組みについて報告いただきます。
※生涯活躍のまちの実現に向けて、官民連携の下、事業主体を担う民間事業者。
新田博之 (医療法人参天会理事長、社会福祉法人喜入会理事)私は鹿児島市喜入において生涯活躍のまち事業を進める、参天会と喜入会がJV(ジョイント・ベンチャー)を組んだ共同企業体の代表を務めています。両法人を総称して 「ニコニコタウンきいれ」 と呼ばれています。元来、医療・福祉が専門ですが、大学院では国が生涯活躍のまちを進める以前から日本版CCRC構想を研究してきました。
司会 参加者の方の自己紹介をお願いします。
桂 政彦 外資系企業を定年退職後、7年前に埼玉県東松山市にある500坪の遊休耕作地を借りて自然農法による野菜の栽培や販売をしています。私は渡り鳥のような「多地域居住」生活をしたい。
現在、自宅は東京都板橋区で、埼玉と信州を中心に活動していますが、空の移動が便利になっているので、冬場に鹿児島市へ行くことができれば。自治体に対しては、移住者の定住にこだわらず、関係人口とか交流人口を増やすといった、自由な発想をしてほしいと思います。
原 桂子 これまでは個別支援学級の補助やピアノの教師、音楽療法士などを、今年は非常勤で学校の音楽教師をしています。東京圏は人が多く、レッスンや授業をゆったりできる場所へ移住したいと考えるようになりました。
松永 勉 個人タクシーをしています。若いころは陸路にこだわるバックパッカー。薩摩の示現流(薩摩藩を中心に伝わった古流剣術)に魅力を感じています。一番仲のいい友だちが鹿児島出身で、かの地には親しみをもっていました。移住に興味をもったきっかけは狩猟のできる環境で暮らしたいからです。人間の食の原点は狩猟だと思います。
舘澤美和子 主人と一緒に移住をして自宅を手放そうと考えていたのですが、主人が亡くなったいまは、自宅を何らかの形で生かしたいと思っています。息子と娘は別に暮らしています。2拠点居住や海外へのロングステイも検討していますが、九州に親戚が多いので、これまでの移住に関する固定観念を捨てて、まっさらな頭で考え直したいと思って来ました。
プレゼンテーション(松永崇志)
~地域コーディネーターからの発信~
鹿児島のすばらしさ
鹿児島弁には言葉を短く、短くしようとする特徴があります。たとえば灰(hai)は”へ”(he)。鹿児島のおじいちゃん、おばあちゃんは「今日は桜島から“へ”が降ったぞ」なんて言います(笑)が、80代以下の世代では、言葉が違うということはないので、移住者が会話で困ることは意外と少ないです。ちなみに喜入地区は雄大な桜島を眺められると同時に、距離や風向きのおかげで特に灰が降らない地域です。
日本で初めて国立公園に指定された霧島や日本で初めて世界自然遺産に指定された屋久島があるなど、鹿児島は自然が豊かです。なおかつ食べ物もおいしい。鹿児島の黒毛和牛は、5年に1度開催される和牛グランプリで日本一(2017年)になりました。人は優しく、まちなかで道を尋ねると、行先まで案内してくれることもあるくらいです。小学生は横断歩道を渡り終えると、止まっている乗用車の運転手さんに向かって頭を下げます。これには県外の方がたいてい驚かれるようです。
先輩移住者の紹介
喜入地区は鹿児島市の最南端。薩摩半島の中心部に位置します。南北に16km伸びた細長い地域で、6校区に分かれています。施設は全て国道沿いあります。私たちが喜入の暮らしをお勧めする理由には、❶穏やかな人が多く、人情味あふれるコミュニティがあること、❷手の届くところに豊かな自然があること、❸おいしい食材が豊富で安いこと、が挙げられます。くわえて、喜入地区は市内中心部に通勤可能なところも特徴です。
谷さん(男性)は現在40代後半。東京生まれの東京育ち。鹿児島の魅力は海があり、山があり、桜島があるところ。食べるものもおいしいが、何より人が温かいのがいいという彼は、小規模多機能の施設責任者を務めています。
東田さんは福岡県出身。奥さんが鹿児島出身で、いわゆる「嫁ターン」をしました。福岡ではアパート住まいだったのですが、鹿児島では一戸建て。自然が近くにあるので、子どもたちと一緒に遊ぶことが増えたとのこと。
上城さんは名古屋からの移住です。トヨタ系企業のシステムエンジニアでした。喜入での生活で一番よかったのが通勤ラッシュから解放されたこと。通勤時間は片道2時間半で残業も多く、家にいる時間は5時間くらいだったそうです。子どもが生まれたのを機に移住を決断したといいます。
梅津さんは神奈川県からの移住。奥さんが鹿児島出身なので、彼も「嫁ターン」。子どもと過ごす時間が増えたと喜んでいます。
東田さん、上城さん、梅津さんは私たちの法人で働いています。
本村さんは80代の男性。福岡県から喜入にUターンし、私たちのケアハウスに入居しました。窓からは目の前に錦江湾が開けて、その先に桜島が見える。海岸沿いに立っているので歩いて5分で砂浜という環境が気に入っているといいます。彼は、大学の授業を聴講しています。
どんな民間企業があるのか
喜入の主な民間企業を紹介しましょう。
(株)JX喜入石油基地は日本最大級のタンクで石油を備蓄しています。スタッフは250名くらい。
(株)九飛勢螺(きゅうぴせいら)はドリルネジという建築などに使う特殊ネジを製造しています。製品の7割が欧州を中心とした輸出向けで社員は約120人、本社は大阪です。研究開発部門も喜入にありますが、都市部で起きがちな、技術が盗まれる、技術者が引き抜かれるといった心配がないからだそうです。同社は、今後も積極的に喜入に進出し独自技術を磨くといいます。
私どもの参天会と喜入会のグループ全体の従業員は430人ほどになります。喜入に住む職員も少しずつ増えています。
喜入地区の各町の紹介
喜入の6つの地域(校区)を北から紹介します。瀬々串(せせぐち)町は鯖から出汁をとった蕎麦が有名。伝統相撲も盛んです。中名(なかみょう)町はJX石油備蓄基地があるところです。鹿児島市地域コミュニティ協議会モデル事業地区に指定されています。喜入町は人口が一番多く、薩摩藩の給黎城(きいれじょう)の家臣、薩摩・肝付家仮屋跡に小学校があるなど、歴史の名残る場所が多く点在しています。鹿児島市役所の支所や消防署、中学校があり、JR喜入駅があって利便性も高いところです。同町の旧麓(もとふもと)地区には武家屋敷や小松帯刀の墓もあり、2019年5月20日に日本遺産に登録されました。一倉(ひとくら)町は、沿岸部に伸びる喜入地域にあって、唯一山間部に位置し、鹿児島市が運営するグリーンファームは農業体験型の施設として市内外からの訪問者で賑わっています。前之浜町は毎年11月にコスモスまつりを開催。ウミガメが上陸する砂浜もあります。生見(ぬくみ)町は鹿児島市の最南端に位置し、自然が豊か。高齢化率が50%弱と地域内で最も高いものの、鹿児島市では希少な海水浴場があり、特別天然記念物指定のリュウキュウコウガイ(マングローブ)が生息するところです。
お試し移住の施設
前之浜町にあるケアハウス「サンファミリーきいれ」は全30室のうち、5部屋をゲストルームとして用意しています。全室オーシャンビュー。おひとり様用、おふたり様用タイプがあります。ともにおひとり3食付きで1泊1,500円(朝食400円、昼食500円、夕食600円)でご利用いただけます。
一倉町にあるグリーンファーム(観光農業公園内)の滞在型市民農園20棟のうち、2棟を私たちが借り、お試し移住として提供しているほか、喜入駅の近くには県外からの移住者向けのコーポ「ヴィラ・ドゥ・ココ」があります。部屋数8のうち2部屋はお試し移住での利用が可能です。
私たちが予定しているお試し移住は4泊5日。秋以降の実施を考えています。
プログラムには、参天会・喜入会の施設見学、グリーンファームにて収穫体験、船釣り体験、史跡巡り、先輩移住者との交流会、そしてヘルスケアサービスを組み入れようと考えています。骨密度などの測定を通して理学療法士が健康のためのアドバイスをするというもので、来られたときよりも健康になって戻られればうれしいです。
意見交換
~さまざまな意見を検討する場~
松永 勉 ヘルスチェックはいいと思います。移住するにしても健康が重要ですから。
新田 身体は徐々に衰えます。筋力は左右で異なるから、立っているだけでも左右に揺れる。だから下肢筋力が低下すると転倒し易くなります。その原因となる筋力量、身体のバランス、骨密度は測定機器で詳細に調べられます。お試し居住のとき、ベッドマットの下に呼吸数、心拍数や睡眠状態を図れる眠りスキャンを敷いて調べることで、健康に影響を及ぼす要素がわかります。理学療法士によるリハビリもあり、身体の癖や抱える課題、日頃行える訓練法をお伝えしています。
桂 健康な人がより健康になるための機器ということですね。
アクティブスリープベッドを検討しているのですが、ショールームで試してもわかりません。今回、4泊できるのであれば、健康な人がそれを利用するとどのような効果(脳にはどうか、血流はどう変わったか)があるのかがわかるので、貴重な体験になると思います。
ふるさとワーキングホリデーの対象は大学生だけではなく、アクティブシニアも含まれます。学生は長い休みの期間にワーキングホリデーに参加するので、平日は空いてしまう。そこにアクティブシニアが入ればいい。
新田 今回私たちが使う眠りスキャンはアクティブスリープベッドより詳細なデータが示されます。よりよいケアのため、全ての施設、400床以上に設置しています。
軽費老人ホーム=ケアハウスの入居者は60歳以上で元気な方が多く、介護保険を使っている方はほとんどいません。県外からの方も多くお暮らしです。健康予防を前面に出せば、イメージアップにつながるかもしれませんね。
桂 最初のお試しですぐ定住するわけではないでしょうから、リピートしたくなるようなメニューがほしい。たとえば、シニアのしごとのイメージが抱けるようなものとか。
原 ワーキングホリデーを利用した農作業などがあればうれしい。「自分でも(農業が)このくらいまでならできる」ということを知りたいと思います。そうすると移住のハードルが下がる。ちなみに喜入の町では車がなくても生活できますか。
新田 駅前につくった「ヴィラ・ドゥ・ココ」は自動車を運転しない人のための住宅です。250m先にJRの駅があり、そこから鹿児島中央駅までは40分くらいで着きます。
松永 勉 喜入地区内は自転車があれば、移動できますか。
松永崇志 海岸線は車の通りが激しいので注意が必要です。
原 私は、子ども、高齢者、障害者、健常者などの隔てなく、音楽を通して、みんなが健康で幸せに暮らせたらいいと思っています。私のしごとは障害児など子どもが相手であることが多いのですが、喜入地区での子どもたちの環境はどうですか。
新田 喜入会の理事長は鹿児島市老人福祉協議会の会長を務めています。会員のなかには障害児向け医療施設を運営している事業者も多く、その中では音楽療法に関する評価は高いと思います。
共生型社会になっていくには、障害のあるなしにかかわらず、みんながそれなりにしごとをするのが普通になっていくでしょうが、いまは健常で優秀な方ほど、うつを発症するケースが見られます。
松永 勉 人口密度の低いところで、もう少しゆっくりと生活できれば、そうした病気も少なくなるのではないでしょうか。
新田 人間はそもそも競争が好きではないはず。医療や福祉分野は人を幸せにするしごと、スタッフが幸せであることがよいケアの前提です。高い評価をいただいているスタッフの笑顔の所以だと思っています。今日、ご紹介した先輩移住者のほとんどが、有名な企業に勤めていたにもかかわらず、「家庭を壊したくないから」などの理由で移住した方です。
舘澤 かつて金融機関に勤めていました。バブルの頃は恩恵を受けたものの、数字に追われる毎日でした。いまは人のため、自分も幸せになるためのしごとをしたいと思っています。
桂 同じ農ある暮らしに関してもライフステージによって関わり方は異なるのではないでしょうか。いまの私にとっては、太陽・雨・発酵土壌で育った本来の野菜を食べたいからであり「生きる意味を求める農」である。そんなふうに楽しく循環する営みが理想です。
司会 そうした理想に近い生活が喜入でできるのか、ぜひ現地をその目で見て、肌で感じてみてください。
(まとめ 芳地隆之)