新型コロナウイルス感染拡大の下、医療・福祉、スーパー、郵便や運輸、その他、ライフラインに従事するエッセンシャルワーカーの方々のありがたみを実感する毎日だ。一方、これまでのオフィスワークはリモートワークが当たり前の光景になった。単に働く場がオフィスから自宅やコワーキングスペースに移っただけではない。それによって従来の業務のあり方も変わらざるをえなくなる。ひとつのモノやサービスの生産過程を複数の人間で分担するという働き方が難しくなってくるからだ。

 著者は従来の分業をやめて、「仕事を分ける」「職場を分ける」「キャリアを分ける」「認知を分ける」ことの大切さを説く。「仕事を分ける」では、ある業務を最初から最後までひとりに任せる。そのプロセスをどう進めるかは本人次第。最終ゴールにたどり着けばよい。「職場を分ける」では、仕切りのない大部屋で顔を突き合わせて仕事をする日本のオフィス環境が、世界のなかでもかなり特殊であることを指摘。本来「創造の場」「考える場」であるべきオフィスが「事務作業の場」と化していることを批判する。そうした場で何が起こるかといえば、頻繁で長時間に及ぶ会議や無駄な仕事だ。

 かつて総務庁青少年対策本部(現総務省。現在は内閣府で調査)が11カ国の18歳〜24歳の青年を対象として1993年に行った「第5回世界青年意識調査」の結果によると、日本人はいまの職場で勤務を「続けたい」という人の割合が最も低く、逆に「続けることになろう」という人の割合が突出して高かった。労働力の流動性が低いのは社員が独立や転職の夢を抱かないからであるが、独立や転職を目指している社員の方は高いモチベーションをもっている分、えてして会社への貢献度が高い。その社員がスピンアウトしても、独立、起業した彼、彼女と会社がアライアンスを組めば、ビジネスを拡大するチャンスになるだろう。「社員の独立は人材が減るので会社にとってマイナスになるというストック的な発想から、流動化が活力を生むというフロー的な発想への転換こそ、これからの時代に必要だろう」。そのために「キャリアを分ける」のである。

 京都のある精密研削機メーカーでは、機械製作の全工程の責任を一人の社員に任せ、完成の暁には製作者の名前を入れた銘板を機械に貼り付けて出荷するという。自分の功績を後世まで残せる。これが「認知を分ける」ことで生じるよき例だ。

 以上のような分け方をしていくと、社員間のコミュニケーションが損なわれるのではないかという懸念が生じるかもしれない。しかし、お互いが「一人親方」のような存在であれば、むしろ双方が足りないところをフォローするようになる。自分がより高く評価されたいがために、他の社員の足を引っ張るようなことは、仕事が未分化されている場で起こる。そう心得よう。

(芳地隆之)