鳥取県東伯郡湯梨浜町町長
宮脇正道さん

みやわき・まさみち/1951(昭和26)年生まれ。1974年、同志社大学法学部卒、鳥取県庁へ入庁。生活環境部廃棄物再資源対策課長、中部総合事務所県民局副局長などを経て、2004年12月、湯梨浜町助役に就任。2006年10月より現職。

湯梨浜町(ゆりはまちょう)
面積:77.94k㎡/人口:16,976人/世帯数:6,176世帯(平成30年9月30日現在)
町名の由来は、まちが誇る「豊富で上質な湯に恵まれた温泉」「特産の二十世紀梨」「日本海に広がる砂浜」を組み合わせたもの。イメージキャラクター「ゆりりん」は、地域に伝わる天女伝説にちなんで2012年10月に誕生。温泉や海水浴場のほか古墳や遺跡、倭文神社といった史跡にも恵まれ、迫力ある滝や中国庭園など見所は多い。アクセスはJR、飛行機、高速バスなどで倉吉駅へ、そこから車で約10分。

鳥取県中部に位置する湯梨浜町の宮脇正道町長は何度か、タイトルにしたこの言葉を使われました。足元を見つめ、世の移り変わりに左右されることなく特性を生かしていけば、それに共感する人が湯梨浜町に来てくれるという信念です。10月には同町のシンボル・東郷池のほとりにある旧ホテル跡地を活用した「生涯活躍のまちレークサイド・ヴィレッジゆりはま開発事業」の概要が発表されました。本格的なまちづくりが始動するに当たって、ここにいたるまでの経緯と今後の目指すところについてお聞きしました。

――今号の小誌のテーマは「シングルマザー。」です。湯梨浜町はひろく女性の移住を呼びかけておられますが、その理由は何ですか。

 まずはその前段を説明させてください。湯梨浜町は、2004年10月に3つの町村が合併して生まれました。商店等も多く比較的合理的な考え方をする羽合町、農村的な温かさのある東郷町、半農半漁で小さいながらも頑張る泊村はそれぞれ個性があり、それぞれの良い点を理解しつつ各地域住民の融和を図ることが大きな課題でした。合併直後に助役に就いた私は町内全域の自然・景観、歴史・伝統、特産品などを紹介する「湯梨浜の誇り百選」という小冊子を作成、全戸配布したり、ゆりはまの景観写真コンクールを実施して町民の相互理解を深めたりするとともに、湯梨浜の原型ともいえる鎌倉時代中期に描かれた東郷荘絵図の解説版を製作・配布、町民のアイデンティティーの醸成に努めました。もちろん機構改革をはじめとする総合的な行財政改革も進めました。そうしたなか、2006年に東郷池のシジミから残留農薬が出たのです。
 同年10月に町長になった私の初仕事はその対策でした。当時、国は貝類が農薬を蓄養することを認識していなかったため基準がなく、一番厳しい一律基準――――米の10倍――――が適用されました。さすがに厳しすぎると、基準を設定してもらい、その後は残留農薬も全く出ていませんが、町民の皆さんに「美しい景観を誇る東郷池の環境はそんなに悪いのだろうか」という問題意識や関心が高まっていきました。折しも合併により、東郷池にあった町界はなくなり、ひとつの町の池になったこともあり、東郷池の環境をベースに湯梨浜のまちづくりを進めようと2008年に「東郷湖活性化プロジェクト」を始めました。その結果、湖周の美化はもとより、アダプト・プログラム※1を進める団体が多く生まれ(現在は38団体)、1,000世帯以上のエコファーマー※2も誕生しました。また、トライアスロンなど東郷池を活用したイベントも始まるなど一定の成果を上げました。

※1 市民と行政が共同で進める清掃活動をベースとしたまちの美化プログラム
※2 1999(平成11)年に施行された「持続性の高い農業生産方式の導入に関する法律」に基づき、土づくりと化学肥料・化学農薬の使用の低減を一体的に行う農業生産を計画し、知事の認定を受けた農業者

 しかし、湯梨浜の魅力を発信するには弱い。そこで、当町は、倭文神社(伯耆国一の宮)の下照姫、九品山大伝寺の中将姫、伯耆国の羽衣天女と、3人の聖女ともいうべき歴史上の人物がいることから、天女も惚れたリゾート地をコンセプトに2012年「天女のふる里づくり」に着手しました。そして、「ウォーキングリゾート構想」や「花と緑の夢空間プロジェクト」など10のプロジェクトを展開する一方、国では男女共同参画やワークライフバランスを確立する流れがあることから、昨年から町内の様々な分野で活躍されている女性――――民宿を経営されている方、スイカをつくっている方など――――のポスターを製作し情報発信することで彼女たちが関わっている産業の振興を図るとともに、町内的には、女性の活躍を認識し、課題も多い女性の輝く社会やワークライフバランスの確立につなげるために「ゆうゆう※3ゆりはま」事業を展開しています。ワークライフバランスの確立は、企業にとって痛みのある改革なしには実現できません。行政や住民も一体となって進めることで可能になると思っています。

※3 「ゆうゆう」とはおおらかな「悠々」、やさしい「優々」、あそびごころの「遊々」を兼ねている

――たとえば、女性の就業率の高い富山県は、三世代同居が多いので子どもを祖父母にみてもらえる。だからお母さんが仕事に行きやすいといわれています。

 鳥取県の全人口の約23%が三世代同居をしています。また、生産年齢人口の有業率(67.5%。2012年)、有業者に占める女性の割合(50.1%。2010年)も全国的に上位です。さらに世帯当たりの軽自動車の普及率が全国2位。これらは仕事をする女性の比率の高さを示しているのではないでしょうか。

――冒頭、町長は合併した3つの町村の特性についてお話になりましたが、子育て世代でいえば、羽合地区が圧倒的に多いのはなぜですか。

 旧羽合町はいろいろな店舗や医療機関等が充実し、利便性が高く、民間による宅地供給も活発で、近隣の市町から若い子育て世代が転入し、新居を建てるケースが多く、ベッドタウン的なエリアになっているのです。町の子育て支援施策も大きいと思います。町内に家を新築・購入された35歳以下の子育て世帯に50万円を補助する制度を創設したところ、2年間で88世帯が同制度を利用しました。子育て世帯へのサポートはこれまでも熱心に行ってきました。保育料は国の基準の4~6割、単町での不育症や人工授精の助成、長期かつ総体的な育児支援を行う「ネウボラ」の開設、入学や卒業時の祝い金制度や家庭内子育て支援も行っています。

――家庭内子育て支援とはどういうものでしょうか。

 1歳未満児をこども園に預けず、自宅で育てる方(世帯)には毎月3万円を支給するというものです。これは子育ての選択肢を広げるという意味もありますが、公務員であれば育児休暇を取得し、給与が保障されるのに対して、民間企業ではなかなか難しい。だからその代わりに金銭的な支援をする。平成28年度からは1歳半まで延ばしました。保育士が不足している事情もあり、鳥取県がこの施策を評価。現在は県全体で行われています。
 町内で面白い催しものがあることも、子育て世代をひきつける要因ではないでしょうか。たとえば、羽合地区の「ハワイアロハホール※4」という500人収容できる会場でのフラダンス全国大会、湯梨浜町が発祥である泊地区でのグラウンド・ゴルフ全国大会、東郷地区での全国ベテラン卓球大会などが毎年行われています。東郷池ではドラゴンカヌー※5が盛んですし、池の周辺にははわい温泉、東郷温泉がある。海では海水浴や釣りと、楽しみが多いのです。

※4 旧羽合町は読み方が「はわい」ということで米国ハワイ郡と姉妹都市提携をしている
※5 日本語では「龍舟競漕」と著し、古代中国で生まれた世界最古の手漕ぎ舟によるボートレースのこと。約400年前に琉球に、350年ほど前に長崎に伝わったとされる

――3つの地区の特性が生かされているのですね。

 東郷地区ではJR松崎駅近くの商店街に、今年4月お試し住宅と総合相談センターを開設しました。また、11月には同じ商店街にあるスーパーマーケットの跡地に多世代交流センターをオープンしました。商店街には「たみ」というゲストハウスがあり、そこに宿泊した人が移住者になって、その移住者が新しい移住者を呼ぶなど、行政による移住促進とは違う形で人を集めているのです。移住者には塾を経営している夫婦、古着屋さんやデザイナーなど、バラエティに富んだ人材がいます。

――高齢者の移住については?

 日本版CCRC=生涯活躍のまちは都市部の元気な高齢者を受け入れ、地域を活性化することが目的ですが、その際、整備する地域包括ケアは全町民が享受できるものにしたいと思っています。

7月14日に生涯活躍のまち移住促進センターにて開催された「ゆうゆう、ゆりはま移住セミナー」で、しごと、子育て、ケアなどの面で女性に住みやすい湯梨浜町をアピールする宮脇町長。20世紀梨の被り物の方は、よしもと「農業で住みます芸人 in 湯梨浜」の加藤アプリさん

――そのひとつが「生涯活躍のまちレークサイド・ヴィレッジゆりはま開発事業」ですね。

 東郷池のほとりにある4haの旧ホテル跡地に分譲住宅(74戸)、町営住宅(20戸)、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住、10戸)、福祉施設などの整備を東伯郡内の建設会社など13社で構成するレークサイドゆりはま開発株式会社が行うことになりました。分譲住宅のうち19戸は温泉付きになる予定です。サ高住10戸で採算を合わせるのが難しいことは承知しており、福祉施設の事業とリンクさせて、収入を上乗せしていくことが重要でしょう。最初の10戸の状況をみながら、増設するかしないかを検討する予定です。4haは土地の造成を待ってから販売を開始するのではなく、造成中から入居希望者を募り、「こういう住み方がしたい」という声も反映させたいと考えています。

――「レークサイド・ヴィレッジゆりはま」と松崎商店街が連動すると地域包括ケアの仕組みが整備されていくのではないでしょうか。

 松崎商店街の総合相談センターは、福祉・子育て・就労相談のほか「まちの保健室」の機能も担っているので、そこに「ヴィレッジゆりはま」にお住まいの方が通われるようになれば、商店街内にとどまらない、より広い地域におけるケアの中心になっていくかもしれません。ちなみに当町はタニタヘルスリンクと連携し、運動と食事による健康づくりを推進します。住民が活動量計を身につけ、それによって数値化された運動量のデータから管理栄養士等がアドバイスをし、町内でタニタの健康メニューを提供するというプロジェクトです。目指すところは住民の健康寿命の延伸。県も2030年には全国10位以内を目標にしています(現在30位台)。

――総合相談センターの運営を担っているのは湯梨浜まちづくり会社ですか。

 そうです。総合相談センターならびにお試し住宅の管理・運営、ふるさと納税の代行事務を行っています。多世代交流センターの管理・運営も行っています。

――まちづくり会社が今後、自走していくための課題は少なくないと思いますが。

 当初はまちづくり会社が「ヴィレッジゆりはま」のサ高住の運営益を収入にしていく想定をしていましたが、その部分は民間で実施していただくということにしました。現在、まちづくり会社がどんな事業を始めるにしても、初期段階での赤字は避けられません。同社の業務が行政の目的と合致している限り、たとえば、ふるさと納税の代行手数料の見直しなど、町が責任をもって支援します。今後まちづくり会社が財政的に自立していくためには、委託事業であるお試し住宅の利用率の向上や独自事業である多世代交流センターにおける食料品・食事の提供などで、プラスアルファの収益を上げることが重要になってくるでしょう。

――生涯活躍のまちづくりを進めるに当たって、鳥取県では県と市町村の連携がうまく取れていると思います。それによるメリットも大きいのではないでしょうか。

 現職の平井知事の姿勢も大きいですね。いいことはどんどんやっていこうという方ですから。「ワールドマスターズゲームズ2021関西」という30歳以上の方を対象としたスポーツイベントがあるのですが、鳥取県が関西広域連合に属していることもあり、知事から「湯梨浜町でもグラウンド・ゴルフを開催してみたら」と提案をいただきました。そこで県のお力添えをいただき、ヨーロッパから組織委員会の会長さんなどにも専用コース「潮風の丘とまり」の視察に来ていただき、競技種目に加わることが決まったのです。韓国や中国など5~6カ国程度の参加では「ワールド」といえないので、世界への普及と国際大会の開催による相互交流を深めています。グラウンド・ゴルフのやり方とルールは複数の外国語で紹介できるものの、各国では用具を調達するのが難しい。そこで愛好者の使っていないクラブ600本を集め、さらにはクラウドファンディング型ふるさと納税で集めた寄付金で用具を購入し、それらを海外に送っています。交流人口の拡大を図るため、こうしたことも地方創生の一環と位置づけています。

――「生涯活躍のまち」という考え方を広く浸透させていくために何が必要だとお考えですか。

 自分たちのまちがもっている魅力を磨き上げ、それを発信し、理解する方に来ていただく。それに尽きます。地元の資源を生かしていけば景気に左右されないしなやかなまちづくりにつながる――――。それが私の信念でもあります。

ワークライフバランスの確立は企業サイドだけでなく、住民、行政も一体となって進めることにより可能になると思っています。