森口雅昭さん東京急行電鉄株式会社 都市創造本部 開発事業部 事業統括部 次世代郊外まちづくり課 課長補佐

もりぐち・まさあき●1981(昭和56)年生まれ。2004年、東京急行電鉄株式会社に入社。鉄道事業に関する広報・予決算管理担当、全社予決算管理・固定資産管理担当、渋谷駅周辺開発に関するプロジェクト管理担当を経て、2017年4月から次世代郊外まちづくりの担当に就任。2017年10月から現職。

課題を抱える郊外住宅地

 東急電鉄はたまプラーザ駅北側に位置する美しが丘1〜3丁目をモデル地区として横浜市との包括協定のもと、「次世代郊外まちづくり」に取り組んでいます。たまプラーザは、もとは山林原野に囲まれた場所でしたが、戦後東京の急激な人口増加とそれに伴う生活インフラの逼迫が予見されたことから、1953年に弊社が「城西南地区開発趣意書」を提唱、以降、東京都心部へ通勤する人々に優良な住宅地を供給することを目的としたまちづくりを行いました。地元の地権者と一緒に土地区画整理組合を設立し、田園都市線の梶が谷あたりから中央林間までの沿線地域に、道路や公園などが計画的に整備された住宅地を開発。その際に参考としたのは英国の経済学者エベネザー・ハワードが唱えた「田園都市論」です。同論の「都会と農村の良いところを併せ持ったまちづくり」の考えを受け継ぎつつ、日本流に解釈のうえ、「自然豊かな郊外に住み、鉄道で職場の都心に通勤するライフスタイル」を前提としたまちづくりを行ったのが多摩田園都市です。
 現在、日本では少子高齢化・人口減少が進んでおり、東京は人で溢れるという多摩田園都市の開発当時とは、社会環境が大きく変化しています。当時の「夫婦と子ども2人の4人家族で庭付き1戸建てにゆったり住む」という価値観も変わりつつあります。昨今は共働き世帯が増えて、夫婦ともに職場が近い都心に家を構えたいという人も多くなってきました。これから家を構えようとする世代へのヒアリング調査によると「通勤に時間がかかる郊外住宅には魅力を感じない」、極端にいうと「住む場所の選択肢としてすら上がらない」という結果もあるようです。
 コミュニティの希薄化、という課題もあります。伝統的な地縁・血縁とは異なる動機で移り住んできた核家族は、近所付き合いや自治会活動などへの参加を積極的には望まず、地域への関心や愛着が低い傾向にあるといわれています。2012年に行った住民アンケートでも、「地域とのつながりを感じる」と答えた人は半数に留まりました。「共助は大事。横のつながりはあったほうがいい」と思ってはいても、住民の皆さんが積極的にコミュニケーションを取っているかというと、必ずしもそうではないようです。
 さらに多摩田園都市は、丘陵地を宅地開発してきたので、階段や坂道が多く、高齢者の外出を阻害する要因にもなりえます。外に出なくなれば、住民同士が顔を会わす機会が少なくなり、「お隣さんがどうしているかわからない」まちにもなりかねません。このままいくと郊外は住民の高齢化と共に、若い世代の流入が止まり、あわせて地域のつながり、「コミュニティ」の希薄化も進展し、まちが衰退してしまう可能性もあります。
 弊社は開発事業だけでなく、鉄道事業や生活サービス事業など、「総合生活サービス企業」として、日々事業を推進しています。「沿線に利用者がいて成り立つビジネス」を行っているので、沿線人口が減っていけば、鉄道の乗降人員の減少や、関連する商業施設の衰退にもつながります。誰もが住み続けたいと思えるような沿線地域の実現を目指す我々にとっても、まちの衰退は死活問題なのです。
 このような問題意識をもっていたのは横浜市も同じでした。高齢化が進むと、福祉にかかる財政支出が増える。働く世代が少なくなると住民税を始めとした税収が減る。そうなるとこれまで提供してきた行政サービスの維持が難しくなる。そうした両者の問題意識の一致を背景に、連携して真剣にまちづくりに取り組む、という考えのもと、2012年に包括協定を締結し、スタートしたのが「次世代郊外まちづくり」です。

なぜ「たまプラーザ駅北側地区」をモデル地区としたのか

 郊外住宅地が抱える課題を何とかしないといけないという危機感はあるものの、誰がその状況を変えるための取り組みを行うのか。自治体は先細る税収の下では、今ある行政サービスを維持することで手一杯、何か新しい施策を単独で展開することは厳しくなります。ディベロッパーも企業なので、基本的には開発を終えると次の開発地へ行き、まちに深く踏み込まない。住民にしても、自分の家は守れても、地域全体に関わるには限界がある。いわばお互いが「お見合い状態」だったところから、企業と行政、そして住民が一緒になって、この課題を解決していこうという考え方が「次世代郊外まちづくり」の根底にあります。
 その方向性を定めたのが「次世代郊外まちづくり基本構想2013 東急田園都市線沿線モデル地区におけるまちづくりビジョン」です。まちづくりを東急電鉄と横浜市だけの机上の空論に終わらせないため、有識者の知見や住民の意見も取り入れ、産学公民で連携し、協働することを重視しました。
 それを実施するモデル地区として選定したのが、たまプラーザ駅北側に位置する美しが丘1・2・3丁目のエリアです。選定した理由の第1は「開発から60年経ち住民の高齢化、建物の老朽化という解決すべき課題が明確だった」こと。第2は「戸建住宅地や大規模団地、社宅や商業施設など、まちが多様な要素から成り立っている」こと。開発当初、多くの団地が建てられ、現存する駅前エリア(1丁目)、かつて企業の社宅があった場所で近年跡地にマンションが建てられ比較的高齢化率が低いエリア(2丁目)、駅から離れた広い敷地の庭付き一戸建てに開発当初から住み続けている人が多いことで、高齢化が最も進んでいるエリア(3丁目)、といったエリアごとの特徴があります。第3は「住民がまちに愛着をもっており、何とかしてまちを再生させたいという意識をもっている」こと。
 これらの要素があれば、将来の沿線展開を視野に入れたまちづくりのモデルの策定が可能になると考えました。

リビングラボとは

 次にモデル地区における年度ごとの活動計画「リーディングプロジェクト」を策定し、シビックプライド(※)の醸成、まちぐるみでの保育・子育てネットワークづくり、地域包括ケアステムの構築、まちづくり人材の育成など、取り組みを進めてきました。
 横浜市との包括協定は2016年度末で一区切りとなり、それまでの活動である程度見えてきた要素を田園都市線沿線のまちに横展開していくため、さらに5年間、横浜市と一緒に活動を推進していくことになり、2017年4月に協定を更新、現在は2期目に入っています。
 最近の取り組みである「リビングラボ」は住民・行政・企業・大学が地域課題を共有し、解決のためのアイデアを一緒に考え、製品・サービス開発などを通して、具体化していくための共創の手法で、まさに次世代郊外まちづくりの活動にふさわしいと思います。現在、地域団体やたまプラーザに住む母親と企業が連携した地域課題の解決に向けた取り組みが進行中です。

※シビックプライド 自分自身が関わって地域を良くしていこうとする、ある種の当事者意識に基づく自負心(東京理科大学教授・伊藤香織氏による)

 

コミュニティリビングとは

 「次世代郊外まちづくり」が目指すまちづくりには、「自宅から歩ける範囲に買い物、福祉、医療、子育て、コミュニティ活動など、生活に必要な機能を空き家や空き地、土地利用転換の機会などを活用して適切に配置し、それらを密接に結合させていく」というコミュニティリビングという考え方があります。自宅から徒歩圏内に生活拠点を設けることで、外出の際に地域の人たちとつながり、コミュニティが活性化し、それが横のつながりを生み、賑やかなまちになっていくという考え方です。
 具現する取り組みとして、2つ紹介したいと思います。
 ひとつはたまプラーザ駅から7分ほど歩いたところにある「WISE Living Lab(ワイズリビングラボ)」。愛称は「さんかくBASE」。「三角形の土地」であることと、地域住民にまちづくりに「参画」してほしい、という思いを込めて名付けました。施設は「ひがしBASE」「まんなかBASE」「にしBASE」の3棟の建物で構成されています。
 「ひがしBASE」には、後述する分譲マンション「ドレッセWISEたまプラーザ」のマンションギャラリーと、コミュニティカフェ「PEOPLE WISE CAFÉ」があります。マンションギャラリーは住戸の完売に伴い既に閉鎖しましたが、モデルルームの展示だけではなく、マンションの購入を検討される方々に「次世代郊外まちづくり」の取り組みを情報発信する、という役割を持たせていました。コミュニティカフェについても、カフェだけでなく、コミュニティの醸成の場としてカフェ事業者主催のイベントのほか、地域住民の活動の場として、様々なイベントやワークショップ等が開催されています。
 「にしBASE」は、弊社を含め100社(2018年9月時点)が参画する「コネクティッドホームアライアンス」による暮らしのIoTショールームとして活用、スマートフォンを使って帰宅前に冷暖房をつける、家の鍵を開閉する、など最新のIoT家電を体験できる展示場になっています。
 「まんなかBASE」には、「共創スペース」と称して、ディスカッションやワークショップ、セミナー等が実施できるオープンスペースを整備しています。「PEOPLE WISE CAFÉ」同様に、地域の方々の活動の場として利用いただいているほか、次世代郊外まちづくりの活動拠点として、啓蒙イベントや情報発信の場として活用しています。
 WISE Living Labのある場所は弊社の社有地であり、もともとは注文住宅事業のモデルルームや事業者へ定期借地していました。その取り組み自体は大きく利益貢献にはつながらないのですが、産学公民が連携した地域の再生を通して、東急沿線の郊外住宅地の維持・発展が実現する、ひいては東急グループの利益にもつながります。

WISE Living Lab(愛称:さんかくBASE)の「ひがしBASE」

 2つ目は「ドレッセWISEたまプラーザ」という分譲マンションです。低層部に地域利便施設「CO-NIWAたまプラーザ」を整備した、複合機能型マンションであることが特徴です。自宅から徒歩圏に生活に必要な機能を適切に配置する、という「コミュニティリビング」の考えを具現した建物です。
 当敷地には横浜市が定めた地区計画、および地区計画に基づく容積認定基準が定められたことで、容積率の加算が可能になっています。「コミュニティリビングの実現による郊外住宅地の課題解決」と「容積率の緩和による開発事業者へのインセンティブ付与」を両立させたという新たな開発手法を生み出した点で、公民が連携した開発案件となりました。
 CO-NIWAたまプラーザに導入した機能は「多世代コミュニティ交流機能、身近な就労機能、保育・子育て支援機能」の3つで、それらを実現する用途として、①コミュニティカフェ、②シェアワーキングスペース、③認可保育園・学童保育を運営するテナントを誘致しました。併せて地域の活動の場として、地区計画および都市計画法に基づき、マンションの外構部に整備した「広場」や「空き地」だけでなく、建物共用部をオープンスペース「コミュニティ・コア」として整備しました。これらのスペースは、普段は開放された「自由な空間」であり、CO-NIWAたまプラーザの入居テナントおよび地域住民・地域団体によるイベントスペース等、多世代が交流できる場となっています。加えて、2018年9月にCO-NIWAたまプラーザを活動拠点とするエリアマネジメント団体「一般社団法人ドレッセWISEたまプラーザエリアマネジメンツ」を設立しました。構成員は、CO-NIWAたまプラーザの入居テナント、ドレッセWISEたまプラーザマンション管理組合、そして東急電鉄(事務局も兼務)です。
 各テナントの個性や得意分野・ノウハウを生かしたエリアマネジメント活動を通して、CO-NIWAたまプラーザの3つの導入機能間の相互連携による相乗効果を創出し、多様な世代・多様な住民の交流によるコミュニティ形成やまちの回遊性向上を促進させていこうという狙いがあります。
 そのために「次世代郊外まちづくり」の取り組みの成果を生かし、周辺のさまざまな地域団体の活動と連携したイベントや、地域団体による活動の情報発信なども実施することで、まち全体のコミュニティの活性化を図り、地域の課題解決やまちの魅力向上に取り組んでいきます。既に地域団体と連携した活動が開始され、10月にはハロウィンイベント、11月には美しが丘公園での地域イベント「クリスマスツリー点灯式」に連動したイベントをCO-NIWAたまプラーザで実施し、マンションにお住まいの方、地域の方々に多数参加いただきました。

田園都市で暮らす、働く

 高度経済成長時代は「都心で働き、郊外に住む」という考えのもと、都心と郊外で機能分担されていましたが、次世代郊外まちづくりで目指しているのは「『住む』だけでなく、さまざまな地域の『活動』が活発に展開し、常に新しいビジネスが生まれ、多様な形で『働く』ことが可能な新しいライフスタイル」が叶うまちの実現です。近年、IT技術が進化し、テレワークが可能になるなど、働き方改革が進んだことで、必ずしも都心まで通勤する必要はなくなりつつあり、残業せずに、出先で仕事を済ませて帰宅することも可能になってきています。郊外住宅地を「住む」だけではない、「働く」地域にすることを推進しています。
 弊社および横浜市では、たまプラーザには「住む」と「働く」が融合したまち、職住近接のまちとしての「兆し」が既に生まれている、と考えています。先ほどお話ししたCO-NIWAたまプラーザに設けた「シェアワーキングスペース」や、弊社が進める提携企業の社員向けサテライトオフィス事業「NW(ニューワーク)」に加え、WISE Living Labにあるコミュニティカフェ「PEOPLE WISE CAFÉ」でも「ワーカープラン」という店内のWi-Fiやソフトドリンクを一定金額で利用できる「働く人向けの利用プラン」を提供するなど、「働く場」づくりは着実に進んでいます。
 たまプラーザは、シニアや主婦による、自身のスキルや趣味を活かした地域活動が盛んなエリアでもあります。そのような手仕事や活動をビジネス化する仕組みが整えば、地域経済活動が成立し、まちとして自立・維持・発展していくとともに、自己実現を通してシビックプライドも醸成され、その結果雇用も生まれる、という効果も期待できます。郊外住宅地は「住む」ことだけに特化するのではなく、今後は「働く」も含めたライフスタイルがトータルで成り立つ場所になれば、違った魅力がでてくるはずです。

ドレッセWISEたまプラーザの活動の様子

人に交通手段を合わせる

 「たまプラーザ」はかつての山林を住宅地として開発したので坂や階段が多く、そのため高齢化に伴い住民が外に出てこなくなる。この地域課題の解決に向けた取り組みとして、「郊外住宅地における地域移動」の社会実験を2019年1月から実施します。具体的には住民の新たな4つの交通手段に関するニーズを調査します。まずは、①たまプラーザ〜渋谷駅間の通勤高速バスの運行。3列シート・トイレ付きの観光バス仕様で、社内にはWi-Fiが整備されており、車中で仕事ができるようになっています。毎日、田園都市線のラッシュに見舞われているサラリーマンに向けたアイデアです。②オンデマンドバス。通常の路線バスが走らないところは坂が多いので、バス停との往来が困難な方に向けて、坂道や細い道をカバーするバス(7人乗りのワゴン車)でスマホを使って予約するというものです。これは将来のバス運行の効率化――乗降する人がいない閑散エリア・時間帯に空席だらけのバスを運行するのではなく、乗降の予約があった路線・エリアだけに効率よくバスを運行させることができる――も見越した実験です。③パーソナルモビリティ。ちょっとした買い物に利用する際など自家用車は使い勝手が悪いという人、または免許は持っているが車を所有していない人などに超小型モビリティを貸し出すサービスです。④マンション内のカーシェアリング。マンションの住民同士で自動車の融通を有償で行う実験です。たとえば、週末しか車を使わない人が平日に車を使いたい人に有料で貸す仕組みです。
 弊社ではこれらの実験を郊外型“MaaS”という位置づけで取り組みます。“MaaS”=Mobility as a Service の考え方は自分に最適な交通手段を選ぶ、すなわち交通手段に人を合わせるのではなく、人に交通手段を合わせるというもの。地域住民に外出を促すことで新たなコミュニティの形成や活動が促進され、健康でいきいきと元気に暮らせるまちづくりにつなげたい、と考えています。
 たまプラーザで行っている「次世代郊外まちづくり」は「まちづくりのための研究開発」と呼べると思います。研究開発を進めていくうえで「壁」は付き物ですが、産学公民それぞれのノウハウや知見を活用して、「壁」を乗り越え、多世代から選ばれる「持続可能なまち」の実現を目指したいと思っております。