KHJ全国ひきこもり家族会連合会は、ひきこもりへの社会的理解を求め、本人・家族の孤独・孤立をなくしていくために様々な活動を行っています。2023年度は江戸川区からの委託でメタバースによる、ひきこもりの人のための居場所づくりに取り組むことになりました。仮想空間での支援とはどういうものか。KHJ広報担当理事であり、ジャーナリストとして多くの著書を出されている池上正樹さん、KHJ本部事務局で主に IT分野を担当されている森下徹さんに、ここに至る経緯についてお聞きしました。

特定非営利活動法人 KHJ全国ひきこもり家族連合会
広報担当理事・ジャーナリスト 池上 正樹 さん

25年にわたり数千人の「ひきこもり」本人たちの話を聞いてきた。また、「KHJ 全国ひきこもり家族会連合会」を発足当初からサポートし、家族の相談にも乗ってきた。東京都町田市ひきこもり専門部会委員、 江戸川区ひきこもり支援協議会委員等を務める。2012年から10年間開催した対話の場「ひきこもりフューチャーセッション庵」運営者のひとり。NHK『クローズアップ現代 +』『あさイチ』はじめ、テレビやラジオに多数出演。Nスぺドラマ「こもりびと」、NHK 土曜ドラマ「ひきこもり先生」等の監修も務める。著書は『ルポ「8050問題」~高齢親子“ひきこもり死”の現場から』(河出書房新社)など多数。

同 本部 事務局 森下 徹 さん
10代から30代にかけ、兵庫と東京で断続的にひきこもる。2006年に兵庫で当事者グループを立ち上げ、2009年に法人化。現在は、KHJ全国ひきこもり家族会連合会本部事務局で、会計や助成事業、とくにIT面を担当しながら、NPOの動画編集などテレワークでの仕事づくりをしている。

しごと=役割をもつ

池上 一言で「ひきこもり」といっても、学校や職場でハラスメントを受けた、発達特性により集団生活ができないなど、一人ひとりの背景は違います。自分の命や尊厳を守るために家の中に回避するのが特性です。従来のひきこもり支援がうまくいかなかったのは、ひきこもりの人を外に出させ、就労させて、実績を上げようとしたことが原因でした。行政の事業は年度ごとのものが多いので期限が区切られる。当事者ではなく、支援する側の都合で進められた結果、多くの人が取り残されました。それがひきこもりの長期化、高齢化、8050問題へとつながっていったのです。そこで私たちが提唱したのは「雇用されない働き方」です。原稿書き、データ入力、イラスト制作など、自分たちで仕事をつくる。いまでこそ在宅ワークは一般化しましたが、コロナ感染前は新しい働き方のひとつでした。

森下 私自身、ひきこもり経験があり、当時住んでいた兵庫県や東京都では地域のボランティアに参加したり、自宅で知り合いのホームページ制作をしたり、パソコンの修理をしたりしていました。以前は正規雇用、非正規雇用、福祉的就労など、働き方や働く場所の選択肢が限られていましたが、いまでは自らNPO法人を設立し起業する、在宅や複数の仕事をかけもちするといった多様性が生まれていると思います。

オンラインが広げた可能性

池上 ここ数年、当事者による活動が広がるとともに、コロナ感染拡大を機にオンラインが一気に普及しました。それによって、いままで外に出られなかった人が、匿名性を保持したまま、自分の話をする、人の話を聞く、ということができるようになりました。

森下 2018年ぐらいからZoomなどのオンライン会議による当事者会が民間機関により各地で始まりました。外出せずに家で、人と顔を合わさなくても、文字で人と交流できると参加者からは好評です。オンラインによる様々な取組に関心をもった兵庫県は2020年度から、電子居場所=「外出することへのハードルが高い方に対して、インターネットを活用したオンラインの居場所」の設置を推進しており、ポータルサイトで関係機関の活動を紹介しています。東京都荒川区でLGBT・ひきこもりの当事者らが主催
する「アライな当事者会」では2020年から、3密回避のなか「オンラインでつながる散歩」を行っています。各自がスマホをもって同じ目的地に向かうというもので、スマホで会話したり、景色を写した
りしながら歩く。ひきこもっている人は自宅でその様子を見るというイベントです。

池上 2022年度には江戸川区から「ひきこもりオンライン居場所をつくりたい」という要望を受けて、私がコーディネーターを務めました。そして、ファシリテーターたちと大事につくり上げてきたのが、
「ひきこもり」をテーマに、オンラインとリアル会場で参加方法を選べるハイブリッド型居場所です。キーワードは3つの「F」。Flat=会場にいる全員が公平で上下関係がない、Free=誰もが気軽に参加で
きて誰にも強制されない、Find=参加することで「気づき」「知り」「発見」することができる。
 これらを実現するには、当事者の安心が担保されなければなりません。本事業は年間6回の開催でしたが、私から「オンラインで話せない当事者も、メタバースのアバターであれば、参加できるのではないか」と提案しました。当事者から「自分であって、自分ではない」アバターだと話をしやすいとわれたのがきっかけです。これに江戸川区は賛同してくれて、2023年度は、前年度に作り上げてきたハイブリッド型居場所に、メタバースの空間を利用することになりました。

デモ用メタバース居場所

森下 Zoomでもアバターを使えますが、どうしてもビジネスっぽい感じもしています。メタバースの仮想空間だと自由に動けますし、遊びの要素があるので入りやすいんですよね。

池上 ゲーム感覚がいいのではないでしょうか。引きこもりの人がゲームに熱中するのは、それをやっていないと死にたくなる、すなわち生きるための手段だからです。メタバースにはその感覚をもって参加できるし、仮想空間であれば、(Zoomと違って)「この人、いやだな」と思ったら、その場を去ればいい。話すことはできなくても、その場で他の人と一緒にいたいという人もいる。京都府では、仮想空間上に学習支援、交流支援、相談支援などの部屋を設けて、利用者がアバターを使って自由に出入りできるサービスを提供しています。

森下 私たちはすでにKHJの居場所でメタバースを使っていたので、そのノウハウが役立っており、メタバース上での展示会、スキルアップ学習や仕事づくりなどの案も出ています。ただし、Zoomと同様にメタバースもアクセスする端末に相当のスペックが必要です。ネット環境が周囲にない人も多く、機材や環境がない人を結果的に排除してしまっているのは申し訳ないと思っています。

池上 オンラインから仮想空間へ。引きこもりの人が社会につながる入り口は広ければ広いほどいいと考えています。

(表紙写真はKHJ全国ひきこもり家族会連合会の定期刊行物『たびだち』第103号の巻頭の言葉)