増田 寛也(ますだひろや)さん  1951年生まれ。旧建設省を経て、1995年から岩手県知事を3期務め、2007~2008年に第1次安倍内閣などで総務相。2014年には民間の研究組織「日本創成会議」の座長として、「消滅可能性都市」を発表。それを契機に第2次安倍政権は「地方創生」を打ち出した。その後、内閣府の「まち・ひと・しごと創生会議」委員、2023年には「人口戦略会議」副議長。2020年~2025年は日本郵政株式会社社長。現在は野村総合研究所顧問を務める。著書に『地方消滅 東京一極集中が招く人口急減』『地方創生ビジネスの教科書』『東京消滅 介護破綻と地方移住』ほか多数。

聞き手/松田 智生( 三菱総合研究所主席研究員/生涯活躍のまち推進協議会理事)
構 成/ 芳地 隆之(生涯活躍のまち推進協議会事務局長)

「まち・ひと・しごと」は、まず「しごと」から

松田 地方創生が始まって約10年が経ちました。しかしながら地方では人口減少と高齢化の進展は止まりません。一方で東京の大手町、丸の内、有楽町エリアには、上場企業の本社が約130社あり、就労人口は約35万人にもなります。就労人口は、数年前は28万人だったのが、コロナ渦を経て増加しているのです。東京一極集中を変えない限り、地方創生の推進は難しいのではないでしょうか。増田さんのご著書『地方消滅 東京一極集中が招く人口急減』(中公新書)は、東京一極集中に警鐘を鳴らし、アクションを起こさせるのに重要な役割を果たしました。地方創生のこれまでの10年間を振り返って、評価できる点とよかった点は何だと思いますか。

増田 当時の安倍内閣が2014年から地方創生に取り組み始めて、その翌2015年から高齢者と女性の就業率が上がりました。「まち・ひと・しごと創生」のうちの「しごと」ですね。まず「しごと」をつくり、「ひと」を育て、最後に時間をかけて「まち」を整備していくという流れでスタートしたわけです。就業率は上昇したものの非正規雇用が多く、その解消は課題ですが、地方の「しごと」づくり施策による成果は評価されるところではないでしょうか。

松田 「しごと」づくりの視点で思い出すのが、私が以前インタビューした方で、故郷の高知へUターンした女性です。東京でデザイナーとして働いていた彼女は、故郷に帰り、現在は特産品のパッケージデザインを手掛けています。素敵なデザインで付加価値の高い商品化という「しごと」づくりですね。「大嫌いだった故郷が、歳を重ねて戻ると、デザインの視点では『かっこいい』の宝庫だった」という言葉が印象的でした。
 一方で地方創生の課題を挙げるとすれば、何でしょうか。

周辺部が果たす役割とは

増田 東京一極集中の是正の効果がほとんどなかったことです。むしろ進んだと言っていい。とはいえ、たとえば都心6区(千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区、文京区)への人口の流入を規制するといった施策はよろしくない。東京はまだまだ生産性が低い面もあり、国際競争力をつけていくべきだからです。
 一方、東京に本社を置く企業の法人税収によって東京だけが潤い、今夏の水道の基本料金を無償にするというような税源偏在 ※1 の是正は必要でしょう。本社の地方拠点強化税制 ※2 によって地方税改革を進めなければなりません。
 地方がすべきは多極集中の強化です。たとえば北海道の札幌市、東北地方の仙台市、中部地方の名古屋市、近畿地方の大阪市、中四国地方の広島市、九州地方の福岡市などに都市機能を集中させることで、地域全体の生産性を上げる。若い世代が東京へ行こうとすることは止められませんが、彼らが戻ってこられるための整備をする必要があります。

※1 地方税収が主に東京都、大阪府、愛知県などの大都市に集中し、地域間で財政力に大きな格差が生じている状況。
※2 企業の本社機能の地方移転や、地方拠点の拡充を促進するための税制優遇措置。

芳地 増田さんは人口戦略会議の副議長として、東京には、地方から若い世代を受け入れるものの、彼らの多くが単身のまま高齢化している自治体を「ブラックホール型自治体」と称されました。東京で結婚し、子どもを産み育てるようになるにはどうしたらいいとお考えですか。

増田 23区のなかでも上述の都心6区がブラックホール型になっています。住宅価格が高く、夫婦二馬力で働いても手が届かないのが現状です。かといって、都心部の地価を強制的に下げるのは現実的ではありません。23区のなかの周辺部、あるいは都下などを含めて、子育て環境をよくしていくことが重要だと思います。

松田 制度でつくった一極集中は制度で変えなければいけないと思います。地方拠点強化税制があるのだから、たとえば上場企業の責務として、また人的資本経営の一環として、地方に第二本社やサテライトオフィスを積極的に置くべきではないでしょうか。
 増田さんの言われた「消滅可能性都市」ですが、ひとつの自治体のなかで中心地への集中や多極分散の可能性はありますでしょうか。

増田 農村部や森林地域に住んでいる人々の市街地や近郊地への移住は難しいと思います。ヨーロッパは教会を中心に市街地があり、その周辺に農地が広がっています。農民は市街地から農地に通います。日本は住まいと農地が近接して、しかも農地が分散している。農村部に暮らす人が都市部に馴染むのは難しいので、現在の居住は認めた上で、農地を集約し、大規模農業化することによって若い人を雇用するのがいいでしょう。
 都市部については、市町村の立地適正化計画 ※3 に誘導策が示されていますが、効果が出ていないのが現状です。居住誘導地域に災害危険区域が含まれているケースも見られますので、ハザードマップにしたがって修正するなどの必要があります。

※3 人口減少・超高齢社会に対応するため、都市の医療、福祉、商業施設などの生活に不可欠な機能を駅周辺などの利便性の高いエリアに計画的に誘導し、居住機能も集約化することで、効率的で持続可能なまちづくりを目指す包括的なマスタープラン。

都市の人材と地方の企業のマッチングを

松田 増田さんは前職の日本郵政社長時代に地方創生推進部を立ち上げ、今年の4月には同部と事業共創部を統合。地域共創事業部を発足させ、地域ニーズに応じた多種多様なサービスの提供や、郵便局を起点とした新たな取り組みを推進されました。地方創生がもっとよくなるためには、大企業が自分事として取り組むことが不可欠だと思いますが、いかがでしょうか。

増田 どこの企業も50代以上の社員のスリム化に腐心しています。その人たちの生活設計に地方でも働くことを選択肢に入れる。東京から地方に引っ越さなくても、リモートワークが進んだことで東京に居住しながら地方の仕事をする、あるいは松田さんが提唱する逆参勤交代のように、期間限定型の地方滞在も可能なわけで、そのためのマッチングの支援が必要でしょう。

松田 ある自治体への逆参勤交代に参加した大手不動産会社の社員は、まちづくりや合意形成のスキルを活かして、道の駅の活性化の委員に任命されました。さらにそこでの成果が評価され、総務省の制度である地域活性化起業人(副業型) ※4 に任命され、現在は同制度を活用し、自らのスキルで自治体に献しています。大企業でも副業が解禁されていくなかで、こうした好事例が広がることが期待されます。

増田 地方で働くことのハードルのひとつは移動コストが大きいこと。遠距離こそニーズが高いので、その部分を支援する。月1回は現地に行き、あとはリモートで、という形が普及すればいいと思います。

松田 内閣府のプロフェッショナル人材事業 ※5 で、自治体のI T分野を支援しているIT企業の社員は、IT投資の費用対効果のアドバイスから自治体にとても評価され、本人もやりがいを感じています。こうした事例の成功のカギはなんでしょうか。

増田 うまい出会いをどうセットするかでしょう。金融庁の政策として、地方銀行や信用金庫がプロフェッショナル人材の出会いの斡旋に当たっており、私はその審査員をしています。地銀や信金など、地域の企業の内情をよく知る地元金融機関がもっとその役割を果たしていくべきだと思います。

松田 最後に地方において女性が活躍できる職場はどうあるべきだと思われますか。

増田 女性に対するアンコンシャスバイアス――事務作業は女性の仕事、商談や交渉事は男性の仕事、女性は結婚・出産を機に退職、といった無意識の思い込みや偏見を正していくことが肝要です。とくにサービス業分野では、女性の肌感覚で進めることで、事業がうまくいくケースが増えるのではないでしょうか。

※4 都市部に所在する企業等と地方圏の地方自治体が、協定書等に基づき、社員を地方自治体に一定期間(6カ月~3年)派遣する制度。地方自治体が取組む地域課題に対し、当該社員が専門的なノウハウや知見を活かしながら、即戦力人材として業務に従事することで地域活性化を図る。
※5 各道府県にプロフェッショナル人材戦略拠点を設置して、地域の関係機関等と連携し、プロフェッショナル人材と地域の企業のマッチングをサポートする制度。