福岡県筑豊地方に位置する小竹町の役場の方に教えていただきました。現在は人口7,600人のまちですが、明治時代から昭和30年代にかけて、この地方に数多くあった炭鉱で石炭の採掘が盛んに行われていました。

全国から鉱業労働者とその家族も集まりました。小竹町の人口も1950年代半ばには2万人近くに上ったそうです。筑豊には全国から人がやってきたので、住民の日常の挨拶のひとつとして「どこから来たと?」が いまも残っているとか。

外から来る人に慣れているからでしょうか、小さなまちですが、住んでいる方々は開放的で温かく、会ってしばらくすると、昔からの友だちのように感じられることもあります。

小竹町にはホテルがなく、たいていは隣の飯塚市に宿をとることが多いのですが、私は一週間近く、地元の方の自宅の離れに泊まらせていただいたことがあります。夜は地元のNPO法人でまちづくりに取り組んでおられる方のご自宅でお風呂をお借りしていました。このご恩、いつかお返ししなければと思いつつ、果たせず、申し訳なく思っております。

写真は筑豊を流れる遠賀川。流域の市町村の人々はむかし「川筋の者」と呼ばれていたそうです。東京では毎年「川筋会」という地域の複数の高校の同窓会が開かれ、優しい調べの『筑豊の子守歌』がうたわれています。