インタビューの冒頭、新田さんは「わが国は、2040年には1,100万人の働き手が不足すると推計され、生活維持に不可欠なサービスが供給されない労働供給制約社会に陥るとの報告がある」。そして「2025年から深刻化する人手不足は、医療・介護サービスに限った話ではなく、他者の労働に委ねられ、依存し続けている現代生活を破壊させる危険性を孕んでいる」と続けました。
 そのような課題にどう対処していくか。シリーズ「地方創生から10年」の第2回に当たる今号では、鹿児島市を拠点に医療・福祉の事業を通して「生涯活躍のまち」づくりに取り組んでいる医療法人参天会の新田博之理事長より、私たちにとって未体験である人口減少のフェーズを乗り越えるための、地域を巻き込んだ事業展開について話をお聞きしました。

新田 博之(しんでん ひろゆき)さん
医療法人参天会理事長/社会福祉法人喜入会理事/参天会・喜入会共同企業体代表
鹿児島国際大学大学院福祉社会学研究科社会福祉学専攻博士課程修了。現在所属している学会:日本
社会福祉学会・社会福祉学会九州部会・日本保健福祉学会。専門領域:地域福祉・高齢者福祉・社会保障。最近の研究業績:令和2年「3Dセンサを活用した歩行姿勢及び立ち姿勢測定に関する有用性の検証」(九州社会福祉学年報)、令和3年「6ヶ月の運動介入とサルコペニアとの関連」(『福祉を拓く-現代福祉の諸論-』)、令和4年「スポーツ選手を対象とした睡眠とスポーツパフォーマンスに関する研究」(『福祉開発研究』)、令和5年「要介護高齢者及び認知症高齢者の表情解析に基づく感情指数がQOSに及ぼす影響分析」(『福祉開発研究』)など。

聞き手/松田 智生( 生涯活躍のまち推進協議会理事)
構 成/芳地 隆之(生涯活躍のまち推進協議会事務局長)

これから起こることを学んだ

(松田)本連載は「地方創生10年を振り返る」というテーマで各地で活躍する方々との対談を進めていますが、平たくいうと「ここがよかった、生涯活躍のまち」「ここが課題だ、生涯活躍のまち」「もっとよくなる、生涯活躍のまち」という流れで話を聞いていきたいと思います。まず「ここがよかった」という点は何でしょうか。
(新田)私がふるさとに戻ってきたのは14年前です。そのときの印象は「こんなに人が少なかったかな」「こんなにゆっくりだったかな」。それまで私は、岡山市において、中四国地域の企業を対象に、リエンジニアリングを中心とした特殊整備加工を行う工場、自動車販売兼民間車検工場の異なる2つの工場を経営していました。具体的には、技術系の事業と販売を柱とした事業展開です。販売ではニーズを創り上げ、どのように提案するかというマーケティングが中心です。お客さんがいるところに対して、一歩先のニーズに気づいてもらう。人のいるところに事業をもってくるというものでしたが、「生涯活躍のまち」は、人のいないところに事業をもっていって人を呼ぶ。いわば「逆張り」です。習慣性のあるところに行動変容を求めることでもあるので、大変な思いをしました。一方で、人口減少による限界集落、消滅可能性都市という「これから起きることを学ぶ」機会になりました。未来を先取りしたことで、早めにその対策に取り組むことができたと思います。
(松田)生涯活躍のまちは、新たな人の流れを創る、活躍・しごとを創ることを目指していますが、法人本部のある鹿児島市喜入地域の人口はどのよう形で推移しているのですか。
(新田)2018年は1万982人でしたが、新型コロナ感染者が急増した2020年には1万665人に減少しました。同感染者が2番目に多かった2021年には、喜入地域の中心部で17人増加したものの、その後は再び減少に転じ、2024年6月時点で1万432人となっています。明るい兆しもあります。喜入地域の人口は減少しているものの、若年層から中年層の移入が増えているのです。ちなみに当法人では、職員が地元で戸建て新築を建てた場合、毎月1万5,000円、35年間に渡って住宅手当を支給していますし、地元企業の中でも同様に新築を建てた場合の支援を行い始めています。

Jリーグとの連携

(松田)参天会が新たに取り組んでいる事業のひとつがJリーグの鹿児島ユナイテッドFCとの連携ですね。
(新田)喜入地域に鹿児島ユナイテッドFC(以下、ユナイテッド)のトレーニング施設「ユニータ」が整備されました。私たちの法人本部とユニータは徒歩圏内にあり、地域の方々、地元の企業、コミュニティ協議会などが一体となってユナイテッドをサポートしようと「鹿児島ユナイテッドFC喜入応援協議会」が結成されました(参天会は監事として名を連ねる)。現在では、関東鹿児島県人会連合会の下部組織になる関東喜入会、渋谷・鹿児島文化等交流促進協議会が参画され、関東圏を巻き込んだ活動に発展しています。
 今年はJ2への返り咲きを祝って、「祝J2のぼり旗」500本、その後は練習に励む選手を応援する「ファイトのぼり旗」500本を喜入地域の国道沿いにずらりと立てました。さらに、要望があった「スポーツドリンク 2リットル」1万2,000本(300万円相当)を、地域住民や企業に寄付を募り寄贈しました。
 ホームでの試合には職員ともどもスタジアムへ応援に行きます。これからのチームであるがゆえに、選手の年俸も決して高くはないのですが、フィールドで必死にプレーをしている選手たちを応援していると、私たちも大盛り上がりし、いわゆるZ世代の職員ともお互いに自然と打ち解けていくんですよね。とにかく選手から沢山の元気をもらっているんです。

「スポーツドリンク 2リットル」1万2,000本を寄贈

(松田)ユナイテッドの選手たちと地域住民の普段の交流もあるのでしょうか。
(新田)喜入の中名地域コミュニティ協議会では、地元の耕作放棄地を活かして、福里廣会長を中心に黄金千貫(焼酎用のさつま芋)の作付けや収穫などをユナイテッドの選手たちと一緒に取り組んでいます。収穫された芋をスポンサーの長島研醸さんに購入してもらって、ご当地焼酎「さつま島美人」の原料の一部にしてもらっているのです。選手は運動神経が抜群で、トラクターをすぐ運転できるようになる、驚きですね。

耕作放棄地でのさつまいもづくり。Jリーガーがトラクターを運転。

 私どもの施設の「デイケア リハビリセンター前之浜」にも来てもらっています。ユナイテッドの選手は、利用者さんと一緒に園芸の作業をしてくれたりもしています。利用者さんはJリーガーのことをよく知らないんですが、色紙にサインしてもらうとうれしそうに笑っています。
(松田)トレーニングセンター「ユニータ」のクラブハウス建設計画も進んでいるそうですね。
(新田)クラブ運営は、資金的な余裕が少なく大変なようです。現在、クラブハウスの建設計画が進行中。鹿児島市とクラブが連携して企業版ふるさと納税を活用していますし、応援協議会としても、鹿児島市の協力を求めた署名活動を7月1~31日に行い、7,000名を超える署名が集まりました。今後は、地元住民や企業からの寄付を募っていく計画です。
 こうした活動はJR喜入駅の再生とも連動しています。同駅の1日当たりの平均乗降客数は2019年には1,154人でした。ところがコロナ禍の影響を受けて2020年には461人まで減少して無人駅に。2023年5月には新型コロナウイルスが感染症法上の5類に移行したものの、乗降客数は戻らず、2024年には特急「指宿のたまて箱」が停車しなくなりました。喜入駅の存続には1日当たりの平均乗降客数1,000人以上が必要とされており、存続が危ぶまれています。
 喜入に転入された家族の子息にとって、鉄道は中高生の通学に欠かせないものです。喜入駅がないと転入者が減ってしまうので、なんとしても喜入駅を存続させたい。ユナイテッドの練習試合があると、アウェーからもサポーターの方が来られ、100人単位の観戦者が見込まれます。練習試合を増やせば、それだけ喜入駅の利用客が増えることにつながり、大きな助けとなりますから。

動いてくれる人をサポートする

(松田)「ここが課題だよ、生涯活躍のまち」という点ではいかがですか。
(新田)「ここは住みやすいけれど、仕事がない」という声をよく聞きます。そのときに考えるのが介護離職の問題です。たとえば親御さんが国民年金加入者、もしくは厚生年金に加入していた夫を亡くし、遺族年金に切り替わった妻の場合、年金受給額は月10万円に満たないでしょう。その額では関東圏における特別養護老人ホームへの入居は難しい。けれども鹿児島であれば可能です。首都圏で息子さんや娘さんがデイサービスに通わせる苦労が解消され、鹿児島に支社をもつ上場企業であれば、関東圏に住む鹿児島県出身の社員を地元勤務とすることで、本人にも企業にもいい影響を及ぼすのではないでしょうか。
 昨年11月、川崎市在住の方が当法人の特養に入居されました。わたしたちのケアマネジャーが川崎まで複数回出向いてお連れしたのです。新幹線に設けられているストレッチャーが入るスペースを予約し、鹿児島中央駅ではウェルキャブ(福祉車両)を準備してお連れしました。ちなみに入居者のうち鹿児島市以外の方は約50%。うち20%は県外の方です。
 介護保険は複雑になりました。サービスの種類(サービスコード)は、介護保険が始まった当初は1,200ほどでしたが、現在は2万を上回り、制度に詳しい専門職が必要になりました。専門職でないと補助や助成を上手に活用できませんし、そもそも申請主義ですから、申請しないともらえません。鹿児島は年金や預貯金などの資産が少ない高齢者が多く、適切に制度を活用することで、鹿児島で多い世帯(所得段階2段階)要介護3の場合、特別養護老人ホームの多床室では、毎月かかる費用は、実質4万円強、個室の場合でも実質5万円強に軽減されます。制度の活用で施設入居につながり困難な生活を緩和することができるんです。何よりとても喜ばれ、やりがいを感じています。
 行政との関係でいえば、市役所の職員は3年で異動するのが通例のため、事業の継続性という点で難しいところがあります。新しい企画は前例のなさが問題となり、特異性のある尖った企画は役所の範疇を超えるという問題が生じ通らないこともしばしばです。地域の方と一体となり粘り強く活動し、規制の枠を超えることが重要になると感じています。
(松田)生涯活躍のまちは、「住まう」よりも「集う」ありきだと思います。女性は地域に馴染みやすいのに、男性はいままでのキャリアが邪魔して、声がかからないと地域に入っていかないとはよくいわれることですが、集客でご苦労されていることはありませんか。
(新田)わたしたちが旗を振るのではなく、動いてくれる人をサポートするように心がけています。「地域で〇〇したい」という声が上がった時に、こちらから人を出す、補助をする。今年の夏祭りは、当法人と喜入地域に基地をもつENEOS喜入基地さんが協賛し、他の企業さんからも寄付を集めることでうまくいきました。
 地元の人がふらっと立ち寄れる場所があるといいのですが、喜入地域は外食が難しいんです。地元では野菜のおすそ分けだけでなく、漁師さんから、小さすぎたり、大きすぎたりして、売り物にならない魚をもらうことが多い。だから食堂で廉価なメニューを提供しても、「高い」と言われてしまうんです。飲み屋さんもあるにはあるのですが、お客さんが来ないと21時くらいで閉めてしまう。残念なことですが、移住された若いシングルの人の食べる場所がないといった実情があり、喜入駅を生かして賑わいをつくる場所として活用できないかと考えています。

高齢者もアスリートも同じ場所で

(松田)「もっとよくなる、生涯活躍のまち」というところではでどうでしょうか。
(新田)地域に魅力がなければ人は来てくれません。当法人のHPでユナイテッドを取り上げると、アクセスがどーんと上がります。医療・福祉以外の分野とどうやってコラボレーションをするかが重要ではないでしょうか。
(松田)参天会さんでは最先端のデジタル技術を駆使した介護サービスを展開されているのに感銘を受けました。
(新田)現在、イスラエルの企業とコラボして進めているのが、表情解析・心理療法の技術を有する機器の導入です。表情は、縦軸に脳の活性化(脳波)をとり、横軸に快適度(心拍)をとった円環上で表されるといわれています。ある感情を含む表情から別の感情を含む表情へ移る際にマイクロインプレッションが生じる。そのほぼ無表情からどんな感情をもっているかをiPadが読み取るというテクノロジーです。
 脳波、心拍とも高いと人は幸福を感じ、脳波が下がっても、心拍がそのままであれば、リラックスするといわれています。したがって心拍数が高い状態が、認知症の方への介護には有効なわけですが、脳波が低くならないようにするにはどうしたらいいか。それが心理療法です。すなわち活動性が高まる変化=脳波を高めるために、たとえばお子さんの写真など、どのような映像を見せるとご本人がポジティブになるか、その強化子は何かを分析していきます。
 介護する職員の負担を軽減するために入居者の睡眠の質の向上を図っています。夜間にぐっすり寝てもらうために、日中は何をしてもらうか。睡眠センサによって、眠るまで何分かかっているか、離床はどうかなどの数値を分析して、いい睡眠がとれていない場合はビタミンDを摂取するため日光浴する(ビタミンDは食事で3分の1、太陽光で3分の2をとるといわれています)、太陽光に当たれない場合は高照度光療法でメラトロニンの分泌を整える。プラス運動療法を取り入れたプログラムをつくります。
 排泄については1日に5~7回が平均なので、ひとりの職員が50人サポートしていたら、業務が排泄補助ばかりでいやになってしまいます。尿については大王製紙さんとのコラボにより、ほぼ解決しました。便については、現在、パラマウントさんと共同で取り組んでいる排便検知センサが現場に導入されれば、出た時にすぐおむつの交換ができるので、約3人分の労力を省けます。デジタル化で業務が効率化されれば、職員に時間的な余裕が生まれるので、「あなたは食事を、あなたは転倒リスクをみてね」というような役割分担が可能になるでしょう。

表情分析・心理療法を受ける利用者さん

(松田)デイケア リハビリセンター前之浜での「ちょっとボランティア」を考案されたそうですが、どのようなものなのですか。
(新田)ボランティア型のシニアフィットネス。「〇〇ザップ」のシニア版と思っていただければいいでしょう。リハビリセンターでは理学療法士や健康運動実践指導者が利用者にアドバイスしながらサルコペニア予防につなげるわけですが、元気なシニアがボランティアとして運動しながら、利用者に話かけたり、ふらつきなどを見つけたらスタッフに伝えたり、「ちょっとした関わり」をもってもらうのです。見守りニーズを満たす「ちょっとボランティア」をしてもらうことで、シニアフィットネスが無償で利用できるメリットが付いてくる企画を考案しました。
 18歳以下のアスリートを対象に睡眠と筋肉との関連を分析しました。骨格筋が増えると睡眠の質も上がるという解析結果が得られ、骨格筋の重要性は示されていますが、人の筋肉には左右の違いがあるので、左右の足のどちらで蹴ってもボールが飛ぶようにするためには、いままでの癖を直し、バランスよく強化しなければなりません。体成分測定に基づき適切なトレーニングに導くフィジカルトレーナーの役割は大きいといえます。今後はユナイテッドのなかで、様々な理由からアスリートとしての道を選ばず、フィジカルトレーナーなどを目指す方々に、当法人で働きながら資格を取得してもらい、さらなるステージで活躍できる選択肢を提供したいと思っています。そうすれば高齢者もアスリートも一緒に元気になれますから。
(松田)喜入地区の生涯活躍のまちは、リーダーシップ×地域連携×ハイテク×多世代のごちゃまぜモデルですね。