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地方創生のネクストステージは人にフォーカスを~SUUMO編集長・池本洋一さんと振り返るこの10年~
池本洋一(いけもと・よういち) 1972年滋賀県生まれ。1995年上智大学新聞学科卒業後、株式会社リクルートに入社。住宅情報誌の編集、広告に携わる。2011年SUUMO編集長。2018年リクルート住まい研究所所長(兼任)。2019年SUUMOリサーチセンターセンター長(兼任)。不動産情報サイト事業連絡協議会監事、内閣官房日本版CCRC構想有識者会議委員、国土交通省既存住宅市場活性化ラウンドテーブル委員、同省良質住宅ストック形成のための市場環境整備促進事業評価委員、経済産省ZEHロードマップフォローアップ委員会委員、環境省賃貸住宅における省CO2促進モデル事業評価委員等を務める。共著に『なぜ住まいのカーボンニュートラルは進まないのか?:今私たちがすべき住まい方とは』『住宅の世代間循環システム―社会経済への提言』など。
聞き手/ 松田 智生 (生涯活躍のまち推進協議会理事)
構 成/ 芳地 隆之(生涯活躍のまち推進協議会事務局長)
松田 池本さんとは、かつて内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局の「日本版CCRC構想有識者会議」の委員として議論を重ねてきました。それから10年、日本版CCRCを振り返ると、どのようなプラス面や課題が見えてきますか。
池本 「CCRCについては日米間で違いがありました。米国の人々は、60歳で定年を迎えることを想定し、その先の20~30年を有意義に過ごせるよう、不動産や株式などの蓄財を20代のころから意識しています。60歳まで働いても、その先が不安だからです。一方、日本では介護保険、健康保険、年金制度が充実しており比較的安心だから、20~30代から60代以降のことを考える人は少ないのですが、60歳以降が「安心」だけでいいのか、「楽しさ」はなくていいのか。企業で定年を迎えた後も、自分らしく生き生きと暮らし、自分の価値を少しでも社会に提供できる、そんな生き方を日本版CCRCは目していたと思います。「こんなミドル、シニアの暮らし方っていいよね」というイメージを提示したことで、それに共感した大学がセカンドステージの講座を開設するといった動きみられました。
一方で、CCRCは一部の富裕層や意識の高い人の話でしょ、と受け取られてしまったところもあると思います。「老後は慎ましく、いままで蓄財してきたものを少しずつ食いつないでいくことが美徳なのだ」という日本人のメンタリティに反して、老後にばーんとお金を使って、2拠点居住します、みたいなことはいいと思えるだけのインパクトはなかった。また、年間200万~300万円くらいの収入のシニア夫婦がワクワク感を抱けるような暮らし方にもメディアはフォーカスできなかった。
高級老人ホームは入居に5,000万円以上、加えて毎月20万~30万円かかるといわれるなか、スマートコミュニティ稲毛(葉市稲毛区のシニア向け分譲マンション)での暮らしは購入価格2000万円前後+毎月10万円で暮らせると比較的リーズナブルだったためメディアの注目が集まりました。私としてはこのコスパなら十分に魅力的に伝わると思ってましたが、追加のサービスもいらないシニアには「通常の住居費にエクストラで月に10万円もかかるのか」と感じられてしまい、気なうちにシニア向けの住宅に住み替えることは一定のニーズ喚起はできましたが、大きなムーブメントには至りませんでした。
松田 シニアの暮らしをどのように見せればいいと思いますか。
池本 人にフォーカスした成功事例を発信することだと思います。厚生年金で毎月20万円弱で暮らす方々が、楽しく日々を過ごし、世の中にも貢献している姿です。それを見て「私もできるかもしれない」と思う人が出てくるかもしれない。れまでは「安心感」が先行し、「ワクワク感」は二の次になっていました。しかし、シニアのコミュニティに留まることなく、活躍しているシニアはたくさんいるはずです。
松田 人を軸としたプロモーションですね。
池本 いまの60代はネットを見ているので、SNSも活用していくべきですね。テレビ局などの大手メディアは「X」(旧ツイッター)などを見て、「何が跳ねているか」をチェックしていますから。また、これまでは地方のイノベーターが前面に出ていましたが、流行に敏感で自ら情報収集を行い判断するアプター的な人にも注目した方がいい。そして、60歳になったら、「この先の人生をどこで誰と暮らすか」を考えるようとアナウンスする。企業の早期退職制度の説明のタイミング、定年後の継続雇用のタイミングで、対象者に「残りの20~30年をう暮らすか」のワークショップを開くのはどうでしょう。
私の専門である住まいについていえば、家族も収入も増える30代で住まいを購入するケースが多い。60歳になって住み替えをする人が少ないのは、これからは収入が限られ、貯蓄を取り崩していくライフシミュレーションになるからです。しかし、きちんと試算すれば、亡くなるときにお金が余る場
合も多い。ならば、シミュレーターをつくって、相続の時に貯蓄がぴったりゼロで終わったら最高だと考えたらどうか。子どもに残すことが美徳ではなく、プラマイゼロが素晴らしい人生だと。途中でお金が尽きてしまうのは不安だから、最低限のバッファーがあるとか、この資産を売ればと何とかなるといったリスク回避も教えた上で、人生の終盤にはどのような暮らし方ができるかを考える日を設けるのはどうでしょう。
不動産業界にとっても本件は取り組む意義があります。人口減少で世帯数も減るなか、売買契約も少なくなります。20~30歳の住み替え適齢期人数が1歳あたりで100万人を切る時代です。一方、団塊世代は270万人ですが、いまの55~70歳の世代で1年間のうち住み替えをする人は全体の3%に過ぎません。これを10倍にすれば、20~30代の80%くらいが住み替えるくらいのインパクトになります。
ずっと同じ人が同じ家に住むより、住み替えが増えると、住まいの質はよくなります。誰かに売るため/貸すためのマーケティングが行われ、住宅のリノベーションやリフォームがなされるからです。とくに60代以上の住み替え増は、日本のストック量を考えてもボリュームインパクトがあります。既存の建物、5,800万戸の断熱、耐震性能が上がらないのは、国の悩みでもありますが、住み替えが進めば、家はよくなるし、GDPも上がります。
松田 セカンドライフを考えることを国民的な運動にするため、9月の敬老の日は、これからの住まい方、働き方を考える日にすべきですね。話を地方創生に戻せば、そのスタート時に都市と地方の対立を生んでしまった気がするのですが。
池本 地方創生という言葉には「地方はいまのままではだめなんだ」というニュアンスを感じます。東京目線なんですよね。地方は豊かでないのかというと、そうではなくて、地方のもつ経済的、情緒的な価値を伝えることが足りず、地方に暮らすという選択肢を提示することがしっかりできていないのが現状ではないか。地方に内包されている、都市にはない魅力をつまびらかにして、かつそれを経済活動につなげられるとよいと思います。たとえば米国には都市と地方という対立的な見方はない。米国ではニューヨーク、フランスではパリという首都的な都市と地方都市でそこまで上下の強い関係はなく、地方には地方のいいところはたくさんあるという感覚でしょう。一方、日本はイケている東京と課題を抱える地方のような構図で報道されがちなので、地方で生まれて育った子どもたちは東京へ行きたいとなってしまう。
一方で、東京での生活にフィットしない若者たちが地方へ移住する流れも生まれています。「ローカルヒーロー」という言葉が生まれたように、東京では活かせなかったスキルや実行力が地方で活かせるケースですね。
芳地 池本さんの次男さんは埼玉県の公立中学校を卒業後、島根県立津和野高校に地域みらい留学※されましたね。
(※130校を超える日本各地の公立高校のなかから、住んでいる都道府県の枠を超えて、自分の興味関心にあった高校を選択し、高校3年間をその地域で過ごす国内進学プログラム)
池本 息子の言葉を借りれば、「東京にいると、“よい就職をするために、よい大学に行け”“よい大学に行くために、よい高校へ行け”“よい高校へいくために、中学でがんばれ ”と言われている感じがする。でも、“よい会社とは何か”がよくわからないなかで、“将来のため”にといわれても、頑張れない。まずは将来のためといわれる選択の幅を広げたいから(偏差値の高い東京の私立高校ではなく)地方の県立高に行くんだ」と。いましかできないことは何か、いま旬なのは東京か、地方か、も自分なりに考えたのでしょう。
多くの中学生もそう思っているのかもしれません。息子がそれを言語化して行動に移したように、首都圏の高校生が3年間、地方に身を置くのはありなのではないか。みらい留学制度に参画する高校の数は増えています。地方ならば自分が高校人生の主人公になれる生徒がいるかもしれません。息子は「地方の方が東京より面白そう」と言っていました。地方の子どもたちの多くは「東京が楽しそう」と思っている。どこに暮らしているかで、これだけの認識ギャップが生まれる。だからこそ両者は交わるべきだと思います。外から来た子が「この地方のここが面白い」と発言し、地元の子どもが、もともとあったのに気づかなかった地域の魅力を知ることもある。最近では修学旅行のあり方も多様になっています。名所旧跡を訪れるだけでなく、その地方の土地柄や人柄のようなものに接する機会をつくってほしい。それによって東京に生まれた子どもたちが「ここの方がしっくりくる」と思うかもしれません。
東京か地方かの2択ではなく、どちらも経験する方が経験値的にも絶対にいい。企業でも一定の年齢、一定の成果を残している人が、従業員の権利として地方に住んでリモートワークという選択肢があってもいいのではないでしょうか。
松田 人が動けば日本は変わる、若者が動けばもっと変わる。社会人だけでなく、「若者逆参勤交代」の実践が必要ですね。最後に地方自治体、事業者、個人へのメッセージをお願いします。
池本 自治体の皆様には、地元で生まれ育ち、東京、あるいは海外へ出た後、再び戻ってきて、やりたいことを見つけて活躍している60代以上の方をヒーロー、ヒロインに仕立てて、それをメディアを通じて伝えてほしい。そして、いろいろな地域に住むことの楽しさ、大切さを伝えてほしいと思います。放っておけば、大都市の引力に負けてしまうから。また、企業の本社機能を引っ張ってくることも重要でしょう。地元出身の社長を探して口説き、第二本社をつくってもらうとか。事業者には、従業員の確保がこれからますます課題になっていくなか、社員が給与面だけでなく、どれだけ活躍できているか。自分のため、地域のため、ひいては日本のために前向きに働いていることを発信してほしい。個人には、多くの皆様に旅行しましょうといいたいですね。その旅も観光スポットを回るだけではない、土地柄を知る旅。この人に会いたい、この地元産業を知りたいということを事前に調べて、現地へ行って、会って、見聞きする。そうすることで自分に合う地域と出会えるかもしれません。