三菱総合研究所主席研究員の松田智生さんが、生涯活躍のまちのこれまでを振り返りながら、これからを展望するインタビュー連載。最初に登場いただくのは都留市総務部長の山口さんです。弊誌創刊号に登場いただいた山口さんは、当時から生涯活躍のまちの特性をどう活かすかという点を重視しておられました。それがいまどのような形になったのか、今度はどのような発展をしていくべきか。同じく志をもつ地方公共団体へのメッセージも交えながら語っていただきました。

都留市総務部 部長
山口 哲央 さん

(聞き手)三菱総合研究所 主席研究員 松田 智生
(構成)生涯活躍のまち推進協議会事務局長 芳地 隆之

高齢者はコストではなく、資産である

(松田)まずはどうして都留市が生涯活躍のまち事業に取り組んだのかというところからお聞かせください。
(山口)2013年12月に市長に就任した堀内富久・現市長は公約として「シルバー産業を興していく」を掲げました。当市の基幹産業である「モノづくり」を活かして、高齢者を対象とした産業をつくっていくというもので、この構想が当時の「日本版CCRC」の方向性と合致していることがわかり、(松田さんも委員として名を連ねていた)日本版CCRC構想有識者会議を傍聴させてほしいと内閣官房の方に直談判したのです。
 その際は「非公開だから」と断られたのですが、「どうして傍聴したいのですか」と聞かれました。そこで用意していた「都留市におけるシルバー産業を通したまちづくり」の資料をお見せし、われわれのやろうとしていることと国が進めていることは軌を一にしており、米国のCCRCにおけるカレッジ・リンクとは違うけれども、市が設置した60年の歴史のある都留文科大学をはじめとした3つの高等教育機関との連携が可能であることを訴えました。2013年には山梨県立産業技術短期大学校の都留キャンパスが開校されており、2016年には市内の2つの公立高校が統廃合することで使用されなくなった校舎を利活用し、健康科学大学看護学部が開学することも決まっていましたので。

山口哲央さん

(松田)よい意味で偶然にも日本版CCRCと同じ流れで進んでいたわけですね。2015年2月の第1回有識者会議への出席は叶わなかったそうですが、その後はどうだったのですか。
(山口)三菱総合研究所主催CCRCの勉強会には初めから参加させてもらっており、同年5月の勉強会で堀内市長が本市の取組を紹介させていただくことができました。そのおかげもあり、8月の第7回日本版CCRC構想有識者会議の場で都留市の構想を紹介してみないかと、内閣官房から声がかかりました。
松田 石破茂初代地方創生大臣、平将明内閣府副大臣(地方創生担当)、小泉進次郎内閣府大臣政務官(地方創生担当)が出席されていたときですね。都留市はスタート時から高齢者をコストではなく、資産=社会の担い手とみなしているところが斬新だったと思います。
(山口)国は、2025年の介護難民の問題とリンクさせて、いわゆるアクティブシニアの移住を勧めました。首都圏にとってはピンチだけれども、地方にはチャンスだというストーリーです。この施策は「(首都圏から地方への)姥捨て山だ」という批判もされましたが、私たちはすでに全庁型の組織として、当市と地方創生に係る協定を結んでいた山梨中央銀行を中心とする「都留市 CCRC 構想研究会」を立ち上げ、住民からの批判や疑問を受け入れる場を設けていました。「CCRCで首都圏から高齢者を受け入れてどうするんだ」という声に対しては、サービス付き高齢者住宅(サ高住)には、住所地特例(社会保険制度において住所を移す前の市区町村が引き続き保険者となる特例措置)という優遇措置が適用される(2015年4月から導入)ことを説明し、「地方の負担にならない、国の施策とも合致する政策」であることを説明しました。そして、都留市は都留文科大学に代表される学生のまちであるが、誰にでも選ばれるまちへと発展していくんだということも伝えたのです。

民間主導のまちづくりへ

(松田)市役所のリードで都留市 CCRC 構想研究会に地元の民間企業を巻き込んだこと、住民との合意形成を丁寧に行ったことが、都留市を生涯活躍のまちのモデル自治体にした大きな要因のひとつだと思います。

松田智生さん

(山口)それと時を同じくして、全国の地方公共団体向けに売却されていた旧雇用促進住宅が市内下谷地区にもあり、当市がそれを購入し、サ高住として改修し活用できる事業者を募集したところ、株式会社コミュニティネットが手を挙げました。それが「ゆいま~る都留」になるわけですが、何を一番の魅力にするかといえば、家賃の安さです。そして市の税金も活用することや市の中心部から離れたところに住む独居の高齢者のニーズがあったことから、入居者も首都圏からの移住者だけではなく、20戸を市内の方々の優先枠として募集をかけました。
 現在も全80戸のうち、9戸は地元の方が入居されています。入居者の募集は事業者だけでなく、われわれも複数の自治体と一緒に都内に事務所を開設し、「高齢者にも選ばれるまちづくり」に取り組んでいることを広報してきました。

ゆいま~る都留と健康科学大学との交流イベント

(松田)CCRC――この間、「生涯活躍のまち」と名称を変えました――は、そこに住む人のカラダの安心、オカネの安心、ココロの安心の3つの安心のコミュニティであるべきです。そして構想を実装させる事業者の参画が重要です。秋田市では北都銀行グループが事業者となって秋田版CCRCの拠点施設「クロッセ秋田」を運営しています。1階にはクリニック、薬局、銀行、2階には交流拠点、その上に住居がある複合型ビルです。入居者の多くは秋田県内からの住み替えで、理由として「毎朝の雪掻きから解放されたい」を挙げる方が多かったそうです。
 都留市でも山梨中央銀行との連携で、まちなかに暮らしたいという人にアプローチをかけるなど地元金融機関に期待することはありそうです。
(山口)金融機関の行政との関りでは銀行が商品として何かを提示するのは現状では難しいかもしれませんが、CSRなどが重視されており、地方創生における取組については、非常に熱心でともに動いていただき、心強かったです。
(松田)高知県須崎市では地元の須崎信用金庫が地方創生やまちづくりに企業版ふるさと納税で貢献しています。北海道上士幌町では三菱UFJ銀行が企業版ふるさと納税で脱炭素事業を応援してるように、今後は補助金に依存しないまちづくりを目指すべきでしょう。
(山口)当市における民間主導のまちづくりに当たるのは一般社団法人まちのtoolboxの活動です。地域再生推進法人として設立し、当初は市役所の職員も関わっていたのですが、現在は民間の事業体として、ふるさと納税業務や都留文科大学キャリア支援センターとの連携事業などに取り組んでいます。その他、社会人向け教室事業であるIT講師チャレンジコース(富士通グループが都留市と連携して実施)や伝統織物文化を活用した地域活性化プロジェクトが、住民の皆さんによって進められているほか、生涯活躍のまち事業を推進するアイデア、起業家、それをサポートするメンターやサポーターを全国から集めて、官民連携で実装を目指す生涯活躍のまち・ビジネスプランコンテストも開催されています。同コンテストに応募し、アイデアを評価された人が起業のためにUターンするケースもあります。ちなみにかつての城下町であった都留市は、人口の割合に比してお寺が多いのが有名で、親から住職を継ぐために帰って来た世代もビジネスプランコンテストに提案し、お寺でカフェや子ども食堂をやっています。

ビジネスプランコンテスト最終発表会

 一方、日本版CCRCや生涯活躍のまちの取組を進めてきた経験から、官民連携は口で言うほど簡単なことではないことを実感しました。「地方創生やまちづくりは、自治体と民間企業・団体、そして住民との連携なしに実現は不可能である」との思いから、自治体や地域再生推進法人等が膝を突き合せて議論し、地方の現場から政策や事業を生み出していくことを目指して、一般社団法人つながる地域づくり研究所と「官民連携まちづくり推進協議会」を2018年10月に立ち上げました。現在は、都留市やまちのtoolboxをはじめ、全国22の自治体と5の地域づくりの法人が登録し、年に4~5回の有識者による研修や意見交換などをしています。

いろいろな施策を組み合わせる

(芳地)現在、生涯活躍のまち事業に取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている自治体にアドバイスするとしたら、どのようなことを伝えられますか。
(山口)地方創生以前の地域活性化の施策は、国が自治体に対して「こういうやり方だったら、こういう補助金がありますよ」という進め方でした。生涯活躍のまちでは、自治体が「これをやりたいけれど、適用できますか」と国へ提案ができるようになったことで、自治体間の競争が活性化されたように思います。国が求めるSWOT分析(外部環境と内部環境を、Strength:強み、Weakness:弱み、Opportunity:機会、Threat:脅威の4つの要素で要因分析する)をした上で「〇〇をする」と訴えないと、国は受け止めてくれません。生涯活躍のまちは分野横断的だからこそ、人口3万人強の当市が設置し、ともに育ってきた都留文科大学との連携という強みを前面に出せたのだと思います。
 地方創生の事業だけでなく、たとえば地域おこし協力隊事業などいろいろな施策を組み合わせて包括的に進めないと、事業の推進は難しいのではないでしょうか。地方創生推進交付金だけをもらって取り組んでいると、どこかで息切れしてしまう。そして、国の交付金が終わったら、事業もおしまいといった「金の切れ目が縁の切れ目」になりかねません。
(芳地)大学連携といっても、教授陣にまで、その理念や価値を伝えるのは難しくなかったですか。
(山口)生涯活躍のまちがスタートした当初、都留文科大学に隣接する田原地区での複合型プロジェクトは絵面ができているだけでした。大学側にしてみると、都留市から「よくわからないが、あれをしてくれ、これをしてくれ」と頼まれる負担感しかなかったと思います。ところが大学の敷地内やその周辺に学生と地域住民や子どもたちと交流する場ができるなど、目に見えて変化が生まれていることで、生涯活躍のまち事業の価値が伝わっていきました。政策が進んだおかげで大学側の理解が深まり、それがどうすれば実になるか、大学側も主体的に考えていただけるようになったと感じています。

都留文科大学近くに完成した田原地域交流拠点センター”nicot”

(芳地)都留市を訪れる人がまちに心地よさを感じるのは、毎年、全国から900人近く集まってくる学生を受け入れる市民のオープンな姿勢によるものだと思います。
(山口)学生達も飲食店などでアルバイトをしたりしていると、たいてい住民から「あんたはどっから来たの?」聞かれます。「ゆいま~る都留」の入居者も、まちを散歩していると地元の人が挨拶してくれることに感激していました。市民にとっては当たり前のことなのですが。
(松田)都留文科大学の大きな資産は、全国にいる3万人を超える卒業生です。彼らが第二のふるさとの都留市にもう一度戻る=大学連携型逆参勤交代を進めたいですね。
(山口)卒業後、地元に帰って先生になり、最後は校長先生を務めて定年を迎えた「地元の名士」的な方も多いんですよ。そうした卒業生の全国のネットワークも活用したいと思います。
(松田)生涯活躍のまちは、山口さんが言われるように「地元市民が豊かになるための手段」であり、そこに二地域居住や関係人口が加わると、「ごちゃまぜの街」として、もっと元気になるはずですね。