漫才界の大御所であり、破天荒な芸人でもあった横山やすしが、デビュー当時のダウンタウンの漫才を初めて見た時、「こんなもん漫才やない、チンピラの立ち話や」と酷評した。それほど松本人志と浜田雅功のしゃべくりは異色であり、なんば花月、うめだ花月、京都花月で、老若男女問わず笑わせてメジャーデビューを果たしていく従来の芸人の出世双六には合わなかった。
 2人の才能をいち早く見抜いた著者は、勝手にマネージャーとなり、独自の売り込みを展開する。それはときに上司(直属は横山やすし・西川きよしの「やすきよ」コンビのマネージャーを長く勤めていた吉本興業取締役である木村政雄であった)や先輩芸人の顰蹙を買い、何度も左遷の憂き目にあった。
 でも挫けない。どうしてか? 本書のサブタイトルにある12のことをしなかったからだ。「01 置かれた場所で咲こうとしない」「02 孤独を見つめすぎない」「03 競争しようとしない」「04 限界までがんばろうとしない」「05 白黒はっきりさせようとしない」「06 友だちをつくろうとしない」「07 相談しようとしない」「08 目的地を決めようとしない」「09 合理的にしすぎない」「10 みんなにわかってもらうおうとしない」「11 ルールを決めすぎない」「12 居場所を場所に求めない」
 嫉妬から人事をいじくる、裏切る、足を引っ張る、さらには反社会的勢力の存在も絡んでくることもあった魑魅魍魎な会社という組織で、著者が生き残っていくための処方箋であり、「〇〇をやる」ではなく、「やらない」というのがミソ。たとえば、著者は、どのようなシビアな状況でも、一人で決断してきた。一人だから、「とことん悩んだり考えたりできる」「自分をよく知ることができる」「『自分は自分を裏切らない』と覚悟が決まる」からである。
 著者には逆境を逆境と思わない強さもある。そもそもお笑いは「ハンサムじゃなくても、運動神経がゼロでも、お金持ちの子どもじゃなくても、足が短くて背がちっちゃくても、会話だけでお金が取る」商売だ。著者は持たざる者にも挑戦資格を与えてくれる業界を主戦場としてきた。徒手空拳のチャレンジャーが活躍できるのであれば、どこへでもいく。そこが彼ら、彼女らの居場所になる。固定されたところでなくてもいい。
 ここまできて読者は、本書がお笑いの業界をネタにしながら、居場所を見つけられないすべての人々に向かってのエールになっていることを知るのである。(芳地隆之)