10年以上前に発行された作品だが、いまも地域づくりに携わる方々から言及されることが多い。能登半島地震の支援においても、災害関連死となる自死を防ぐヒントがあるのではないかと思い、久しぶりに再読した。徳島県南部の海沿いに位置する人口3,000人前後で推移してきた海部町が、近隣の町にくらべてどうして自殺率が低いのか。何度も現地へ足を運び、フィールドワークを積み重ねた著者が、全国の市町村のデータ分析も交えながら、その理由を明らかにしたのが本書である。
 町民気質の特徴には、自分が納得できないものには首を縦に振らない、「朋輩組」という相互扶助組織はあるが、入会・脱退は自由、他人に対する関心がとても強いといったものが挙げられる。特殊学級について、「他の生徒たちと多少の違いがあるからと、その子を押し出して別枠に囲い込む行為はおかしい」と町民が設置に反対したこともある。
 町の先達が言いならわしていた「病、市に出せ」という格言がある。「病」といっても病気に限らない。家族内のトラブルや事業の不振など、生活する上で困ったことがあったら、「市」=マーケット、公開の場で明らかにしてしまえというメッセージだ。そうすれば住民の知恵がその解決方法を見つけるかもしれないという発想である。
 誰かがにっちもさっちもいかなくなって問題を吐露したとき、周囲は「どうしてもっと早く言ってくれなかったのか」と当人を責めることがある。しかし、周囲が本人に言いづらくさせる環境をつくっていないだろうか。隣の町では、デイサービスに通う日を増やしたいのだが、そんな贅沢をいったら、周りに何を言われるかわからないという高齢者がいた。
 海部町ではうつを患って受診している人の率が高いという。うつの患者が多いのではない。うつかもしれないと思ったら、それを隠すことなく、治療を受ける人が多いということだ。隣の町では自分がうつだと周囲に知られるのがいやだという人が少なくない。海部町では「自分がうつかもしれない」と言える環境がある。
 本書は終盤で住民の幸福度指標についても触れる。人とのつながりや生きがいなど、経済統計だけでは測れないものとして注目されるが、海部町では「幸せ」と感じている人の比率は近隣2町よりも低い。と同時に「不幸せ」と感じている人の比率も低い。
「幸せでも不幸せでもない」と感じている人の比率がもっとも高いのである。普段、幸せや不幸せについて考えることがないということだろう。あなたが幸せにこだわっていたら、不幸の状態がより一層辛いものと感じられるのではないか。ふだんから幸せにこだわらなかったら、「こんなもんだ」と流せるかもしれないのに――通説にとらわれない、それでいて説得力のある本である。 (芳地隆之)