家族や友人、パートナーなどから悩みや愚痴を聞いたとき、いきなり解決策を提示して、相手の気持ちを損ねたことはないだろうか。相手が求めているのは共感であり、「○○をすべき」というアドバイスではない。本書に従えば、話を「聞いて」もらいたいのであって、「聴いて」ほしいのではないのである。
 著者は冒頭で、「『聞く』は語られていることを言葉通りに受け止めること、『聴く』は語られていることの裏にある気持ちに触れること」であり、実は「『聴く』よりも『聞く』方が難しい」と書く。たとえば、全身やけどを負った少女の過酷な治療の際、医師が彼女の手を掴み、その絶望と痛みについての言葉を聞くことで、少女は辛い状況をやり過ごせることができたというエピソードは示唆的だ。
 他者の話を聞くことのできない人の多くは人に自分の話を聞いてもらえないと著者はいう。人の話を聞く、人に話を聞いてもらうために、どうするか。まずは小手先の技術の指南だ。聞くための技術から紹介すれば、「正直でいよう」「沈黙に強くなろう」「返事は遅く」など。相手がすぐに言葉に発することがなくても、時間が仕事をしてくれるのを忘れずに。聞いてもらう技術では、「隣の席に座ろう」「たき火を囲もう」「ワケありげな顔をしよう」など(これには「日常編」と「緊急事態編」がある)。それによってこれまで赤の他人だった人が、軽い友人に変わっていったりする。
 聞けない、聞いてもらえないがもたらす苦しみ。それは孤立である。孤立と孤独とは違う。孤独は心の中に鍵のある部屋をもっている状態であり、それによって安心感を得ることができる。一方、孤立は外の声が常に聞こえてくる場所で生じる。「お前はダメな奴だ」とか「他人に迷惑をかけている」など心ない声を浴びせる悪しき他者がウヨウヨいるなかに放置されているようなものだ。したがって孤立は不安感をもたらす。不安に苛まれている人は、誰かの話を聞くことも、誰かに話を聞いてもらうこともできない。
 そこで大切な役割を果たすのがカウンセリングである。心の問題の多くは世間知で解決ができると著者はいうのだが、それが通用しなくなったときに「、それはうつだと思う「」発達障害の傾向がある」
といった専門知によるアドバイスが効く。普通の人同士が互いにケアすることを助けるのが専門家であり、私たちが知っておくべきは、「心の変化は劇的な一瞬ではなく、見守られながら流れる地味な時間の蓄積で起こる」ということ。連続性のある日常が大切というメッセージも本書から受け取った。 (芳地隆之)