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今月のおススメ本は、三橋さゆり著『地図と地形でわかる 日本の川と流域外分水』実業之日本社
流域外分水とは何か。大地には川が流れている。その途中には水が流れ込む支川がある。それらすべての始まりをつないでいくと、山の尾根から尾根へと一本の線になって、支川を含めたその川全体を取り囲む大きなエリアが現れてくる。それが「流域」だ。川はその流域の中で高いところから低いところへと川筋に沿って流れていくのだが、その自然の摂理を打ち破って、ある流域から別の流域へ人為的な力で水を分けて移動させる。それが「流域外分水」だ。
全国各地を歩き続けた著者が10カ所の流域外分水を取り上げ、その歴史的背景から地図や写真、データを駆使し、丁寧に解説していくのが本書である。
たとえば水不足に悩まされてきた千葉県の九十九里平野では、台地の向こう側の利根川から水を引くために両総用水事業が取り組まれた。利根川水系から取水するために利根川両総水門が建設され、取水用のゲートと支川の大須賀川への排水用のゲートの2門が設置された。取水用のゲートを流れる水は揚水機場でくみ上げられ、幹線水路、公平水路橋、円筒分水によって下総台地の人々に届けられる。ちなみに排水用ゲートは、大雨で水位が上がった際、大須賀川や用水路に流入しないよう水門をすべて閉じる。沿川を水害から守るためだ。
愛媛分水・香川用水は、四国地方を西から東へ流れる吉野川流域から取水するという事業である。流域面積としては利根川の2割強しかないのに治水目標(どの規模の洪水まで守るのかをあらかじめ定めた基準)の流量は利根川のそれを2,000㎥/秒も上回る吉野川は、下流の徳島県を水害で苦しめてきた。そこから長年水不足に悩まされてきた愛媛県と香川県にもってくる事業は、渇水と洪水は隣り合わせであることを示している。
愛媛分水には3つのダム、2つの発電所が建設され、同県瀬戸内海沿いで盛んな製紙産業向けに電力を供給する役割も果たしている。吉野川の上流に築かれた早明浦ダムは、大河のない讃岐平野のための香川用水の水を貯めている。ダムの上の記念碑には溝渕増巳・元高知県知事によって「四国は一つ」という文字が刻まれた。
その他の流域外分水からも驚かされるのは人々の英知と技術である。それによって人々が命を紡いできたことを本書で知ったあなたには、人間がどのように「水を分けてきた」のかという視点をもつことで、目の前に広がる風景が重層的に見えてくるだろう。見えない水の流れに想像力を働かせることができれば、知らない土地を訪れる楽しみが格段に増すに違いない。 (芳地隆之)
