本書は、東京都大田区にある生産技術に長けた、従業員30名ほどの中小企業、水田部品工業株式会社(仮名)が舞台だ。社長の水田邦夫氏(仮名)は職人気質で、いいものをつくっていれば取引先は買ってくれると信じて疑わず、数字はどんぶり勘定。経理担当の妻に任せて、現場に出るタイプである。投機的な投資をしてきたわけではない、堅実な経営者ではあるが、東日本大震災後、主力であったIT企業向け部品製造の年間売上が4分の1に縮小。会社の赤字が膨らみ、にっちもさっちもいかず、同社の経営顧問である著者に相談することになる。
 著者は次期社長となる息子の芳男氏と二人三脚で事業再生に取り組む。目指すところは「規模を小さくして経営安定をかちとる」。経営陣と著者の間で、主力部門の社員と設備を信頼できるクライアントに引き受けてもらうことで合意した時点で、取引先銀行→買い手候補企業→取引先→社員の順番で発表していく。その順番がずれて、後から銀行がM&Aの実行を聞くと、「そんなことは聞いていない」とデッドロックにぶつかるかもしれないからだ。
 本書はその流れを、当事者の思いも込めて、ひとつの物語として綴っていく。金融機関との交渉の要諦、買い手企業によるデューデリジェンス、アメリカで編み出された事業再生の手法であるDept Dept Swap(メインバンクの借入が疑似資本となることで、他行からは債務が減少して資本が厚くなったと捉えられる)など、素人に必要な知識が散りばめられている。
 水田部品産業のIT部品部門の人と設備は、経営者間の信頼が厚いテクノ電子(仮名)が継承することになった。水田部品産業は、事業を縮小し新たに手掛けた新しい部品事業がニッチ分野でライバルも少ないため、取扱高が少ない代わりに、黒字経営に転じた。「忙しくて赤字=レッドオーシャン」から「ブルーオーシャン」へと移行したのである。
 初版は2014年1月と10年以上前だから、時代背景は現在と異なるところもあるだろう。近年は後継者不足という問題に直面する会社が確実に増えている(帝国データバンクの2025年調査では約27万社中、後継者が「いない」または「未定」の企業が13.8万社、経済産業省は2023年時点で127万社の中小企業が後継者不在で廃業の危機にあると試算している)。社会福祉法人佛子園の雄谷良成理事長は、2025年12月2日付『福祉新聞』のコラム「一草一味」で、福祉法人による「共生型M&A」について記している。社員たちの労働の場=雇用、培ってきた技術の継承、クライアントとの信頼関係を守るため、M&Aは今後ますます重要な役割を果たすだろう。その入門として本書を勧めたい。 (芳地隆之)