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今月のおススメ本は、渡邉雅子 著『共感の論理--日本から始まる教育革命』岩波新書
小学校で私たちは「相手の立場になって考えてみよう」と教えられてきた。その姿勢は利他主義とも呼ばれる。フランスの思想家、ジャック・アタリ氏が、コロナ禍において自らが感染しないように努めることが結果的に自分たちの利益につながると利他主義を語ったことがあるが、日本のそれとは違うと著者はいう。アタリ氏の利他主義は、利己主義を利他の動機にしている、課題解決のための合理的な手段(合理的利他主義)だと指摘するのである。
その背景には宗教に根差した自然観がある。ユダヤ・キリスト教においては、自然は神が目的をもって創造したもの捉えられている。一方、日本においては、超越者による意図や組織的な計画性は見られない。まず混沌とした自然があり、そこから人格的な存在が発生し、その存在によって秩序が形作られるという発想だ。そこでは草木や国土など心をもたないものでも、人間など心をもったものと同様に仏性があるから成仏できると考えられる。だから「花になりきってみよ」「風になりきってみよ」という言葉も違和感なく受け入れられる。「相手の立場」とは人間以外のものも含まれるのである。
日本の利他主義を支えているのは共感だ。相手が何を望んでいるかを瞬時に感じ取ること。相手の苦しみを見て、居ても立っても思わず行動を起こすこと。それらを起動するのが共感する力である。
同じ四コマの絵を見て説明する作文実験を日本とアメリカの小学校で行ったところ、日本の子どもは状況を細かく描写しながら、物事が起こった順番に「時系列」で述べた。一方、アメリカの子どもは結果に最も強く影響を与えた出来事のみを述べる「因果律」を用いた。どちらが優れているかという話ではないが、人間にできることは、あらゆるものの関係性を意識しながら出来事が起こった順番をたどるのみという前者のアプローチは、資本主義を回すための利益追求の経済よりも、生態系の維持と人類の共存、そして幸福を目指す経済との親和性の方が高い。著者は「私欲なく仕事に励み人と交わることで人々の間に『和合』が生まれる」という。和合をもってすれば、「未来の社会で問題だとされている多くの事柄は、実は低成長を前提とすればそもそも大きな問題にならなくなる」という認識に至るのだろう。
本書を手にした際、副題の「日本から始まる教育革命」は大仰だなという印象があった。こうして読んでみると、共感の仕組みを体系化することが地球規模のリスクの軽減につながると思わせる。それほどの作品である。(芳地隆之)
