72歳になった著者が「老い」の当事者になって記し始めたのが本書である。鏡に映る自分を見て、「見知らぬ老人がいるな」と思ったのが、「老い」について考えるきっかけだった。
 その道標となるのは、哲学者・鶴見俊輔、作家・有吉佐和子、私小説家・耕治人、そして詩人・谷川俊太郎の言葉だ。鶴見俊輔の『もうろく帖』は、自身が老いていく様子や心持ちを少し離れた視点から観察し、ゆっくり綴っている。そこで読者は軽妙だが、はッとさせられる表現に出会う。有吉佐和子の『恍惚の人』は、老人性痴呆症(当時)とはどういうものかを世間に知らしめた作品だ。森繁久彌主演で映画化にもなった『恍惚の人』は、家族を困惑の渦に巻き込むのだが、やがて息子のお嫁さんがある心境に達するまでを描く。耕治人は、認知症になった自分の妻との生活、いわば老々介護の日々を脚色のない私小説「天井から降る悲しい音」「どんなご縁で」「そうかもしれない」として残している。
 「そうかもしれない」はこんな風に。
 「私」には、苦しいけれど、充実した「人生」があった……そうかもしれない。
 「私」と「家内」は助け合って生きてきた……そうかもしれない。
 この余韻。耕治人の言葉は、私小説にもかかわらず、いや、だからこそ、読者の胸に静かに届く。
 先人の作品を読み込んできた著者は、この世とあの世の間に「その世」があるのではないかという。この世にいる自分も、その世を彷徨いながら、あの世に行く。生と死の間にあるクッションのような世界。
 本書の終盤は著者の個人的な話へ入っていく。父が死んでも悲しくなかったという著者が、3歳の子どもの歯を磨いている自分の姿を見て、父親だと思った。であれば、いま歯を磨いてあげている子どもは自分ではないか。父親は幼い自分の歯を磨いていたとき、どんな気持ちだったのだろうと思った著者は胸を貫くような痛みを感じ、涙が止まらなくなった。
 そして3歳年下の弟の「トシちゃん」のこと。未熟児で生まれ、身体が弱く、学校の成績は兄のようにいいわけではなかった。父の経営する会社が倒産し、一家で夜逃げ。父の蒸発の後、母との生活では貧困を強いられ、兄弟は別の親戚に預けられるなど、高橋家は離散集合を繰り返し、兄と弟は疎遠になっていった。その「トシちゃん」が亡くなったとき、著者は自分のなかにこれほどまでに悲しい感情があったことに気づいたという。「老い」や「死」を考えることで自分の知らない自分に出会ったのである。 (芳地隆之)