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今月のおススメ本は、大塚智丈著『認知症の人の心を知り、「語り出し」を支える』中央法規
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本書の副題である「本当の想いを聴いて、かかわりを変えていくために」、読者は「Part 1 認知症の人の心を知る」で、認知症とはどのような状況に置かれることなのかというベースとなる知識を得て、「Part 2 認知症の想いを聴く」で、当事者の「語り出し」を引き出し、支えるための心構えと技術を学び、「Part 3 家族や周囲の専門職へのはたらきかけ」で、当事者の置かれた環境の改善のため、周囲に向けて発信する方法を知る。3ステップによる実践の書である。
「何がつらい言うて、まわりの者がいままでと同じように接してくれんようになったんがいちばんつらいですわ」
著者が院長を務める西香川病院で数回目の受診の際に語られたAさんの言葉である。認知症の人にとっての苦悩には大きく2つ、能力低下によって生活に障害をきたすこと、そして対人的欲求が満たされないことがある。いわゆる「もの盗られ妄想」は、対人関係における疎外感や自己否定感が根本にあるという。本人がそれを言葉にできないがゆえに、周囲は「わけがわからない」と困惑し、ときに立腹するわけだが、行動の理由を知れば、認知症でない人にも起こりうる心の葛藤であることがわかる。
心理学者のアブラハム・マズローが唱えた人間の欲求の5段階説。三角形の底辺から、①生理的欲求、②安全の欲求、③所属と愛情の欲求、④承認(自尊)欲求(①~④は欠乏欲求)、そして頂点の⑤自己実現の欲求(⑤は成長欲求)に至る図に見覚えがある方は少なくないだろう。著者によれば、マズローは後年その上に「自己超越の欲求」を加えた。「自分を超え、見返りを求めず他者や社会に貢献したいという欲求」であり、自分が他者や社会に貢献していると思えることで、人はより幸せを感じられるということだ。誰かのため、何かのために、考える、動くことで得られる幸せ感は、認知症の人にも認知症でない人にも共通のものだ。
西香川病院の敷地内にある旧職員宿舎では毎週認知症カフェが開催され、認知症当事者が認知症の人へのカウンセリング、相談業務をするピアサポートを行っている。初めて訪れる人はそこで、先輩当事者の経験談を聴くことで心を開いていく。時々笑い声が聞こえる。
本書の各所に挿入されている認知症の人、そしてその家族の語りも貴重な記録だ。西香川病院認知症疾病医療センターのスタッフが認知症の人の「語り出し」をじっくり待つことで、紡ぎ出された言葉の数々。読み進めるにつれ、認知症の人と認知症でない人の間にある(と思われる)段差が平らになっていくように感じられた。 (芳地隆之)