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地方創生は連携、分野横断で進める ~日本旅行の取り組み~
2001年に入社し、主に関西エリアで勤務されていた久下さん。2009~2011年には観光庁に出向しインバウンドの拡大などに努められ、現在は日本旅行が地方創生事業への取り組み強化を図るために新設した地方創生推進本部の一員として、東京に単身赴任中です。「日本の地方部が人口減となっていくなか、地方部に属する実家がこれからどうなるかが気になる」という久下さん同様、故郷の将来に不安を抱く方は少なくありません。そうした思いに応えるためにも交流人口、関係人口の拡大は重要であり、観光業が果たす役割は大きいと思います。当協議会会員でもある日本旅行の取り組みをご紹介します。
——御社はいつから地方創生に取り組まれたのですか。
「地方創生」という言葉が出てきたのが2014年頃です。2015年に内閣府に内閣官房まち・ひと・しごと創生本部が立ち上がったことを機に、「連れていく」=送客だけではなく、「招き寄せる」=誘客という視点も重要だと認識しました。まち・ひと・しごと創生本部が掲げる目標のひとつである「人の流れをつくる」は、われわれの取り組みにも深く関係しており、弊社としてもより積極的に取り組んでいこうということで、2016年に本社営業企画本部内に地方創生推進室を設置した後、翌2017年1月には地方創生推進本部を立ち上げるとともに、全国各地に地方創生に関わる専任担当を置き、体制強化を図りました。
——自治体と連携した事業が中心とのことですが、たとえばどのような取り組みですか。
地域は様々な課題を抱えていますが、私たちは、これまで百十数年培ってきた観光ノウハウを活用しつつ、4つの切り口での取り組みを行っています。
一つ目として、地域の現状等を知るための調査・分析とその結果に沿った観光政策の企画・立案、二つ目は、地域の魅力を国内外に知らしめるためのブランド力の強化(プロモーション)、三つ目は観光地域づくり。その地域に多くの人に来てもらうためには受入環境を整備することが重要であり、観光資源の磨き上げや掘り起こし、また地域で観光を盛り上げようとされている皆さまを対象とした人材育成などに取り組んでいます。そして四つ目は、最終目標ともいわれる地域への移住・定住促進の取り組みです。われわれは旅行会社であり、すべての取り組みを弊社の力だけで実現できるものではありません。各種調査やプロモーションなどの取り組みは専門的知見を有した異業種企業と連携し、そこに弊社の観光的知見を加え、より地域課題に沿った効果的な解決に繋がるよう心がけています。
——移住・定住促進の取り組みについてご紹介ください。
石川県羽咋(はくい)市では定住促進と少子化対策の一環として「Happy トレインin 羽咋」と題して貸切列車を利用した婚活イベントを実施しました。弊社がJR西日本のグループ会社であるという強みを活かした企画であり、金沢駅から羽咋駅までの七尾線を中心とした区間を、貸切 Happy トレインとして通常ダイヤの隙間で運行しました。
未婚の男女(羽咋市在住の男性と市外の女性が中心)に乗っていただき、車内でのトークタイムや気多大社(縁結びスポットとして有名)での恋愛成就祈願などを行うというものです。この取り組みを機に、羽咋市と弊社は「羽咋への新しいひとの流れをつくる」ことを目的とした包括連携協定を締結しました。
そのほかの取り組みとしては、都市部で働いているが地方での移住に興味をもつ方々を対象とした田舎暮らし体験ツアーの実施、また、福岡大学との包括連携協定の一環として、九州エリアの各自治体と学生とのマッチングイベントや現地視察など、将来においても学生が地元で活躍することを後押しする取り組みを行っています。
——旅行業とは異なる分野での取り組みではご苦労があったのでは?
パートナー企業と連携し、「餅は餅屋」として専門性を持って一緒に取り組むことによって、効果的な取り組みが行えてきたと思います。
一方で旅行業以外のノウハウも溜まってきたことは事実です。簡単な動画制作を自分たちで行えるまでになりました。SNS時代、高品質でなくても低価格で定期的に動画による情報発信を行うことは効果があり、地域の皆さまには満足いただけるものを提供できると自負しています。
異分野であってもとりあえずやってしまうのは、私たちの社風かもしれません。ご相談いただいたことはお断りせず、引き受ける。それを社内で相談し考えて、自前で難しければ、「そこは〇〇社さんに相談してみよう」と投げかけ連携する。私たちのように、自社だけでできなければ、他社とのパートナーシップを結んで取り組むということが、地方創生の実現に繋がるのではないでしょうか。
——地方創生、とりわけ「生涯活躍のまち」は分野横断的に進めないとうまくいきません。その点、御社は他社とうまく連携されているのですね。
解決したくても自分たちだけでは解決できないですから(笑)。自治体との関係についても、旅行業だけのこれまでの取り組みですと、観光の担当部局だけのお付き合いが多かったのですが、地方創生事業を取り組んでいくことで、他の部局の方々とお話する機会が多くなりました。
たとえば今年10月の消費増税に伴い実施されたプレミアム付商品券事業については、総合政策や福祉関連部局と協議しています。福祉関連部局とは、健康と観光と掛け合わせたヘルスツーリズムといったお話もします。
また、地域の食産品を所管される農林水産部局の方とは、地域産品の輸出・消費促進に関連した取り組みもしています。たとえば、パリにて現地パートナー企業と弊社が連携し、日本の食をPRするイベント「セボン・ル・ジャポン」を実施し、そこに地域(鹿児島県や埼玉県)で活躍されているお茶の生産者や事業者の皆さまに日本茶のPRブースを出展していただいています。現地の方々にも大好評です。
——自治体との協働においてスピード感にギャップはないですか。
単年度事業が中心なので、私たちが「こういう取り組みはどうですか」という企画提案をする際のタイミングの難しさはあります。提案が実現するまでに1〜2年かかって、機を逸してしまい再検討が必要になったりとか。年度を超えて、どうやって連続性を保つかという課題もありますので、自治体と継続的に協議していくことは大切だと思います。
また、一市町村だけではなく、近隣市町、県全体、より広域で横の連携を深めて、柔軟性やグローバルな視点を持って取り組んでいくことが必要だと思います。
——御社は地方創生の独自事業も行っているのですか。
地域において次世代の観光産業をリードできる経営・マネジメント人材の養成講座を開催するといった観光人材の育成事業、自然体験プログラムを通じて小・中学生の健全な育成を目的に実施している「トムソーヤクラブ」、地方の「何もない」を逆手に取り、宇宙=星空を観光コンテンツとした星空撮影会や星空の下でのヨガ体験などを行う「sola旅クラブ」など、様々な取り組みを行っています。
——交流人口、関係人口の重視は観光業にとって追い風ではないですか。
ある土地を一回訪れておしまいということではなく、その土地に何度も訪れてくれるリピーターになってもらう取り組みを地域の皆さまと一緒に試行錯誤しながら進めていきたいと思います。地方創生が進まないことの理由のひとつとして、地域に仕事がないことが挙げられます。いま都会でしている仕事を地方でできれば、それが解決する。そのようなことを実現する企業や行政における仕組みや制度設計、そして地域の環境づくりも必要でしょう。
——今後、日本旅行が進める地方創生の取り組みを教えてください。
地方での観光誘客における課題としてもよく語られる二次交通問題。その利便性向上は重要なミッションだと捉えています。地域の交通手段の円滑化を実現すると言われる“MaaS”(Mobility as a Service の略。自分に最適な交通手段を選ぶ。交通手段に人を合わせるのではなく、人に交通手段を合わせるというもの)、とくに観光型MaaSへの取り組みを強化していきます。また、世界でも重要性が増している“SDGs”(持続可能な開発目標)への取り組みは、地域と共生していくには必要なことです。
ともにまずは観光の視点からになりますが、最終的には地域で暮らす皆さまにも喜んでもらえる、地域が元気になる取り組みになれば、と考えています。
——御社は当協議会の正会員である社会福祉法人佛子園、公益社団法人青年海外協力協会(JOCA)とも連携されています。
佛子園様には弊社の金沢支店が視察や海外研修のお手伝いをさせていただいています。佛子園様の進める「ごちゃまぜ」コミュニティは全国から注目を集めており、視察依頼が引きも切りません。そこで弊社が、B’s・行善寺、Share金沢、輪島KABULET(いずれも佛子園様の取り組み)などコミュニティの視察手配からスケジュールの提案までサポートさせていただいております。
JOCA様と連携した取り組みは、外務省の対日理解促進事業「JENESYS」のなかのひとつで、大洋州地域を対象としたプログラムです。日本とアジア大洋州の各国・地域との間で、対外発信力を有し将来を担う人材(青少年)を招へい・派遣するもので、政治、経済、社会、文化、歴史および外交政策等に関する対日理解の促進を図ることが目的となっています。主にJOCA様が視察、研修先等、プログラムの立案、弊社が宿泊、輸送手配関係を担当しております。
その他にも、「JICA国際協力 中学生・高校生エッセイコンテスト」(国際問題の理解と協力の在り方を題材にしたエッセイの上位入賞者を途上国に派遣)でも連携させていただいております。
——地方創生は苦労する、という声もありますが。
われわれは佛子園様のように地域で活躍されている方々と関係をもつことで、これまでにはなかったネットワーク形成が実現し、視察や研修の仕事をさせていただくなど、地方創生から派生するビジネスにも期待しています。また、社会的な意義をもつ地方創生への取り組みを通じて、弊社への信頼性の向上にもつながっていると思います。地方創生は弊社の大事な事業のひとつと考えています。
(聞き手 芳地隆之)