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メタバースでハンディキャップをプラスに変えたい~アクロスロード株式会社 代表取締役 津田徹さん~
4月29日から昨年に引き続き開催するGOTCHA !! RALLY。今年はメタバースでの開催となります。そこで今回、メタバース空間を創造してくれたアクロスロード(株)代表取締役の津田さんにインタビューした『生涯活躍のまち』28号の記事をここで紹介します。
津田徹(つだとおる)さん 1973年愛知県名古屋市生まれ。小学校の時、自らコンピューターでゲームのプログラミングをしていた。大学時代は法律学部で学び、留年時の学費を稼ぐため、システム・エンジニアリングに携わり、卒業後、誘われるままにIT 業界へ。当時はIT 業界の黎明期で小規模ベンチャーが多く、文系あがりの未経験からキャリアをスタート。ベンチャークラスの3社を経て、アクロスロード株式会社を設立。エンジニアの育成を基本として、グローバルに新たな価値を創造できるエンジニア集団を目指している。
――著書『SE のトリセツ』をとても面白く読ませていただきました。SE=システム・エンジニアとはどんな人なのかがユーモアたっぷりに描かれていて、なにより人をよく見ておられるなあと感心しました。
観察癖は物心ついたころからです。たとえば、電車のなかである人が視界に入ると、じーっと見つめて、「この人は家ではどんなふうに過ごしているんだろう」とか想像してしまう。相手に怪しまれないよう、あえて「見ない訓練」をしていたくらいです。
――小説家のような感覚ですね。なぜこのような本を書こうと思ったのですか。
世にSE はたくさんいて、まちですれ違う人のうち、3割はSEであるくらいメジャーになっているのに、実際に会って話したことのある人は少ない。1990年代にはSEは特殊な職業だったかもしれませんが、いまでは小学生のなりたい職業ベスト3にランキングされています。だから警察官のように、SEという職業と人となりを知ってもらいたい。そしてもっと利用してもらいたいという思いがありました。しかし、なかなか癖の強い人が多いので、とっつきにくいところがある。ならばどうしようと考えた時、「人が宇宙人と会話するにはどうしたらいいか」という設定を立ててみました。題目も「宇宙人と一緒に仕事をすることになった場合、知っておくべきことは何か」にしたら書きやすくなりました(笑)。
――『SEのトリセツ』では、SEの特性として、「一般のビジネス常識を押し付けられるのがストレス」「半端じゃない集中力がある」「発信したいけど人前には出たくない」「ツンデレ」「好き勝手にやるけれど、自由は嫌い、管理されたい」などと書かれていて、一筋縄ではいかないタイプだなあと思いました(笑)。
それで敬遠されたら、たいへんな機会損失です。拙著はSEを夫にもつ妻に大好評なんです。「それ、わかる」と。(SE は)いろいろ面倒くさいところもありますが、基本的に真面目な性格で、給料もよく、お金にも堅実。産業としても将来性があるので、男性にとっても女性にとっても、よきパートナーになるタイプが多い。当社のSEを見ていると、本当にお金を使わないんですよ。仕事に集中しているから、普段の食事はコンビニのおにぎりとお茶だけでOKみたいな感じで。
――SEは「できない」といえない人とも書かれていますね。
アウトプットすることにとても真剣です。また、責任感が強く、完璧主義な人たちなので、「できません」とはまず言いません。弱音を吐けないからメンタル不調に陥らないよう注意してあげなければならないのですが、SEにとっての最大の不幸は「能力より低いことをやらされる」こと。その人の能力を100とすれば、常に101以上のことにトライさせる。90のことを求めると、その人の能力は90で止まってしまいます。経営者にとっては、彼ら、彼女らの伸びしろをどうやって広げるか、そのさじ加減が大切。負荷をかけるだけでは壊れてしまうので。
――だから人に対する観察眼が必要になってくるのですね。
ただし、それは「〇〇すれば身につく」というものではありません。マニュアルがないので、ひとり一人を丁寧に見守っていくしかないと思っています。
――なるほど、どうして『SEのトリセツ』が生まれたのか、その理由がわかりました。ところで最近、(当協議会の会員である)社会福祉法人佛子園にコンタクトされたとか。
ぼくたちが主催しているメタバースのイベントのひとつとして、日本全国のおいしいものを発掘しようというキャンペーンをしていました。そのなかで佛子園の施設のひとつ、石川県の能登半島にある日本海倶楽部のクラフトビールを知り、「おいしいビールなので出店しませんか」と声をかけたのです。日本海倶楽部が障害者支援施設であること、クラフトビールが就労品目であることは後から教えてもらいました。ぼくらも障害者の就労に関心があったので、そのことを伝えたら、「とりあえず来い」と。ぼくも「とりあえず来い」といわれて断る理由もないから(笑)、輪島市にある佛子園の施設「輪島KABULET」まで出向きました。
――どうして障害者の就労に関心があったのですか。
障害のある人たちとSEには多くの共通点があると思っていたからです。
――『SEのトリセツ』で書かれていたことですね。
障害者とはどんな人たちなのか。SEと同じくあまり知られていなくて、人々がもっと知ることによって、障害のある人の能力をもっと利用できるのではないかと考えていました。
――佛子園の施設を訪れたときの印象はどうでしたか。
輪島KABULET で職員の方から「あの人は就労継続支援B 型の利用者さんです」と言われたときに、「マジですか」と。他のスタッフやお客さんと区別がつかなかったのです。「なんでこんな簡単なことに今まで気づかなかったんだろう」と思いました。障害のあるなしを決めているのは当人ではなく、そのラベルを貼っているぼくらなのではないか。人にラベルを貼るというのは、その人の属性や特徴によって他者と区別するためで、それはぼくらの都合ですよね。それが取っ払われていて、これが「ごちゃまぜ」なのかと、ちょっとした衝撃でした。
――先ほどの「SEに自身の能力より低いことをやらせる」不幸は障害者にも当てはまるということですよね。
どうやってポテンシャルを引き出すか。見守る側の能力が問われると思います。
――隠れた能力を引き出すための手段として、メタバースの可能性を考えられているとのことですが、仮想空間と障害者は相性がいいと確信した経験をされたそうですね。
昨年、ぼくらはメタバースによるイベントを開催したのですが、3回目となった昨年の冬、メタバース上で知り合いからある女性を紹介されました。お互いにアバターですが、お顔は出ていて、ぼくがライブ会場など各イベントスペースにご案内したところ、最後にお別れする際、「本当に楽しかった、とくにコンサートに行けてよかった」と言ってくださいました。コンサートでぼくらは一緒にジャンプしたり、タオルを振ったりして、盛り上がっていたので、そのことを言っているんだなと思ったのですが、そのとき彼女が普段は車いすを使っていることを知ったのです。
――普通のコンサートでは車いすの人は特別なエリアに案内されますよね。ましてやジャンプして、タオルを振ることはできない。
「普段は行きたいところにも自由に行けないのでとてもうれしかった」と聞いて、これがメタバースの可能性なんだなと。それまで自分が「メタバース空間では健常者も障害者も変わりません」と言っていたことの意味を具体的に教えられたという感じでした。そして、リアルの世界でハンディキャップのある人の方がメタバースに向いているのではないかと思ったのです。
――津田さんは「すべてがバーチャルであれば、それはゲーム空間と違わない」と言われています。「リアルがあってのバーチャルだ」とも。その真意を教えてください。
メタバースについて、「これが普通に使われるようになると、とてもいいことが起きる」と手放しで絶賛する人がいますが、リアルに越したことはありません。ただし、技術が進歩したおかげで、リアルではできないことが可能になっています。たとえば世界遺産をすべて訪れることはほぼ不可能ですよね。それでも「すべて制覇したい」のであれば、メタバース上で疑似体験すればいい。つまり、もうひとつの選択肢なんです。
車いすの利用者にとって、東京・渋谷の「109」に行くのはたいへんだけれども、メタバースで出店してもらえれば、自由にショッピングが楽しめる。メタバースは、リアルで困っていることを解決するためのバイパスの役割を果たすということです。
――たとえば引きこもりの人がメタバースに入ることができても、それによってリアル空間に出る必要性を感じなければ、引きこもりという状態は変わらないわけで。
使い方を間違えると、ただの娯楽になってしまいます。「メタバースは現状に満足している人が使うものではない」というのが現時点でのぼくらの認識です。ぼくらがメタバースに取り組んで最初に掲げたのが「このなかでしごとをつくる=雇用の創出」でした。たとえば普段は割りばしの袋をつくる作業をしている障害者がメタバースでは別の仕事ができるかもしれない。それによって賃金も上がるかもしれない。レバレッジが効くと思います。
――「100の能力のある人に101を求める」というところと通じますね。
物理の法則が働かない空間=メタバースによって解放される能力があるだろうと。雇用形態もリアルとは違い、働く時間帯も細分化されると思います。
――『SE のトリセツ』には、一日24時間という限られたなかで、たとえば、通勤の1時間で何ができるか、トイレに入っている5分間で何行の文章が読めるか、寝る前の30分でどれだけのプログラムができるか、細切れの時間を有効活用することを勧めて、「それじゃあずっと仕事をしているみたいじゃないですか」という声に対してこう書いておられます。「……頭の中を常にアイドリング状態にしておけばいいのです。……わざわざエンジンをかけ直さない。ギアをシフトするように切り替えるだけです。だからこそ前に進んでいけるのだと思います」
これはSEに限ったことではなく、これからの働き方全般に言えることかもしれません。ひいては健常者も障害者も区別のない考え方だとも思っています。
(聞き手 芳地隆之)