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人が集まるところに楽しみやしごとが生まれる
JR小竹駅前で美化・植花活動
2021年8月に発行した『生涯活躍のまち』17号の記事を掲載します。登場くださった井上頼子さんは現在、福岡県小竹町の町長です。インタビュー当時は特定非営利法人学童保育協会の理事・事務局長、そして特定非営利法人リトルバンブーの副理事長として活動されていました。「暮らしやすい社会にするには仲間とともに自分たちの力でその仕組みをつくるしかないのでは?」を出発点として自ら2つのNPO 法人を立ち上げた井上さん。活動を続ける秘訣は自分たちが楽しむこと。“ 地元のおばちゃん”(井上さんはご自身や会員の女性をそう呼んでいます)たちによるしごとづくりは、あなたのまちの地域づくりのヒントになると思います。なお、『生涯活躍のまち』次号では町長になられて7カ月が経った井上さんのインタビューを掲載予定です。お楽しみに。
米穀店が地域の拠点だった
――井上さんのご出身はどちらですか。
生まれは福岡県行橋市です。地元で小学校の教員をしていました。結婚をして専業主婦となり、嫁いだ先が同県小竹町の米穀店で、そこでお店の手伝いを通して地域と関わるようになったんです。米穀店とは主に卸問屋の食糧販売店から仕入れる米を中心に扱う食料品店で、当時は都道府県知事の登録を受けた販売業者がその任にあたっ
ていました。と同時に地域のハブ的な役割を果たしていました。
――ハブ的な役割とは?
夫は中学校の教員をしていたので、お店は義父と義母が営んでいたのですが、食料品の販売だけでなく、地域の方々の頼まれごとを請け負ってもいました。たとえば、生活保護を受けている人の生活保護費を1日で使い切ってしまわないよう預かって、お店の食料品はツケで渡し、その額を預かっているお金から引くとか。いまでは考えられないことですよね。事情があってローンを組めない人に代わって義母が家電製品を購入し、預かっているお金のなかから月々の返済を代行していました。また一人暮らしの全盲の方に三度のご飯を運び、定期的に病院に連れていくといったことも。私は当初、みんな親戚の人だと思っていたんです(笑)。近所の人という事情を聞かされてからは、私もお米を配達する際に困りごとを聞いたりするようになりました。米の登録制販売が廃止され、スーパーでもお米が買えるようになってからは米穀店の経営が厳しくなり、両親が亡くなった後は店を閉めましたが、こうした経験が現在の活動の原点になっているのかもしれません。
NPOを立ち上げる
――そのときは、いわゆる専業主婦をされていたのですか。
わが家には3人の息子がいたので、PTA活動や少年野球チームのお手伝いなどを通して地域とつながっていました。それが楽しくて、「子どもたちの放課後のお世話くらいならできるのではないか」と思い、小竹町の社会福祉協議会が運営している学童保育所に勤めはじめたのです。そこで学童保育は学校教育とは違う価値観をもった場であるべきではないか思うようになったころ、子どもたちの豊かな成長発達と働く保護者の子育てを支援するという理念の下、カリキュラムを組んで学童保育の研修を行っている岡山県のNPO 法人の取り組みを知りました。月1~2回のペースで1年かけて岡山まで通って勉強し、このような研修を自分の地域でも行おうと、特定非営利活動法人学童保育協会の立ち上げを呼びかけました。
――組織をつくり、運営するのは初めてだったのでは?
公的にお金を集めて活動するには、何がしか法人格が必要だと思って調べたら、NPO 法人ならお金がなくても設立できることを知ったので、そうしようと。理事長には北九州市立大学文学部人間関係学科の楠凡之教授にお願いしました。
10年前の当時は学童指導員に必要な資格等はとくにありませんでしたが、需要が増加する学童施設の保育の質を担保するため、政府は2015年に「放課後児童支援員」という資格を定めました。これを取得するためには都道府県が行う「放課後児童支援員認定資格研修」の受講が必要です。従来私たちが法人でつくったのは9日間のカリキュラムだったのですが、国は、それを4日間に凝縮した研修を修了した者を準国家資格「放課後児童支援員」として法的な位置づけを行いました。現在は山口県および福岡県の本研修を受託し、開催しています。
――地元の小竹町でも取組をされているのですか。
小竹町では学童保育、子どもの見守りなどに関する条例を制定するための子育て会議に加わりました。同会議は子ども・子育て関連3法*に基づいて設置されたもので、各自治体が地域住民も入れて自分たちに合った支援のあり方をカスタマイズし、町として責任をもって子育てしていこうという趣旨のものです。
子育て会議で私は「学童保育の支援員の有資格者の配置人数を増やすべき」といった意見を述べました。通常、児童40人に対して2人の支援員を配置しなくてはならず、うち1人は上述した県の認定を受けた放課後指導支援員と定められているのですが、学童保育の質を上げるためには支援員の質と数の確保が必要だと思ったからです。
しかしながら、町の財政上、それは難しいと。また、子ども・子育て支援法に挙げられた13の事業のうち、ファミリーサポート事業が小竹町で取り組まれていないことを知りました。「それはどうしてですか」と役場の方に聞くと、「ずっと検討中になっている」。「どうしてやらないのですか」と尋ねれば、「やってくれるところがない」。ならば私たちでやろうとなりました。
(注)*こども・子育て支援法、認定こども園法の一部改正法、子ども・子育て支援法及び認定こども園法の一部改正法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律。
――ファミリーサポートとはどのような活動なのですか。
育児を手伝ってもらいたい依頼会員と、育児を手伝いたい提供会員が参加し、地域で子育てを支えあっていくサービスです。ファミリー・サポート(以下、ファミサポ)は、依頼会員が事前に予約したサービスを提供するだけではありません。「いますぐ手助けがほしい」と呼ばれるケースが多々あります。
――それを行うには地域の方々を巻き込んだ法人が必要だったのですね。
ファミサポを担うためには町内で会員を組織する必要があり、また会員の研修なども行わなければならず、町からの委託金を預かる必要から法人格が必要だろうということで、NPO 法人リトルバンブー(リトルバンブー≒小竹)を設立しました。
実質的に動ける提供会員は5~6人です。依頼会員からの要望はLineで受けて、メンバーのうち、時間が空いている地元の“おばちゃん”が「いまから私が行く」という「なんちゃってファミサポ」ですが、メンバーは子育て経験のある方々ばかりなので、子育ての困り観に寄り添う活動としてうまく回っています。
継続するために大切なのは無償のボランティアにしないこと。子どもを預ける側は1時間当たり500円を支払い、預かる側は同1,000円の時給を受け取ります。お金が発生することで、依頼する側は預けやすくなるし、預かる側は――金額の多い少ないに関係なく――やりがいを感じる。
私たちはファミサポで子どもを預かるだけでなく、その家族との交流の場もつくっています。リトルバンブーで梨の木を1本借りて、みんなで梨狩りをするといったことを通して、依頼する側に預かる側の人となりを知ってもらう。子どもを預ける相手がどんな人がわからなければ不安じゃないですか。
小竹町には隣の飯塚市にまたがった形で陸上自衛隊飯塚駐屯地があります。当町には自衛隊員の官舎があり、父親が他の駐屯地に派遣されている間、母親が病気になると、子どもの面倒がみられなくなります。そういうときにファミサポが家にお邪魔して、子どもと一緒に晩御飯をつくったりするのです。
多様な活動へ
――リトルバンブーは、空き家になっていた家を定住促進と住民向けの居場所に改修した「こたけ創造舎」の管理も受託しています。
小竹町からは年間140万円を受けて年間約360日開所しています。運営するのはリトルバンブーの会員たちで、こちらは基本ボランティアですが、交通費として1,800円(1日の実働は4時間)を払って、施設の管理だけでなく、いろいろな催しものを行ってもらっています。それが楽しいようで、「(リトルバンブーの理念や活動に賛同し)年間会費3,000円払えば(仲間に)入れるよ」と私が伝えると、結構会員になってくれるんですよ。会員になってくれる人は自分の友だちを連れてきてくれるので、仲間の輪も広がります。
――ファミサポから始まったリトルバンブーの活動が広がっていったのですね。
小竹町は竹が有名なので、こたけ創造舎で竹炭を使ってコーヒー豆を焙煎した「こたけ珈琲」の販売をしたり、毎月2回の朝市を開催して地元の方々がつくった野菜などを持ち寄ってもらったり。JR 小竹駅の美化植花活動を有志で始めたときは役場から資材を提供していただいたほか、セブン-イレブンの助成金を受けるようになりました。
人が集まればひとりではできないことができる。ファミサポをしている会員の多くは70歳過ぎの“おばちゃん”ですが、まだまだ元気です。最近はかつてのぼた山*で菜園活動を始めました。1口5,000円払えば、いろいろなものを作ってもって帰ることができる。町外からの参加も多数です。人が集まったことで、何もないぼた山でしごとが生まれたのです。
(注)*炭鉱で栄えた小竹町には石炭や亜炭の採掘に伴い発生する捨石=ボタの集積場の跡地がある。
――会員にもやりがいがある。
いまの退職世代はお金を稼ぐというよりも、働き続けたいという気持ちが強いのではないでしょうか。年金をもらっている人には、月に1万円を稼ぐと、それがおかず代になるという感覚だそうです。大切なのは少しのお金でもいいから回すこと。
人は集まれば楽しい。人が集まると何かが始まる。それを一緒にやるとなお楽しい。たとえば役場の子育て支援はいろいろな課でやっていますが、それを一緒にした方が面白くなると思うのです。役場にまちづくりのキーパーソンになる方がおられても、数年ごとの異動で代わってしまう。まちづくりに取り組みたいと思っている人はたくさんいるので、行政が地域の力を借りたいならば、彼ら、彼女らを使ってほしい。
――これから地元で法人を設立して活動をしたいという人に向けてアドバイス
をお願いします。
大学の先生など有識者に加わっていただくことが大切です。そうした方々に理念の部分を押えていただく。たとえば、「この活動の根拠は〇〇にある」とか、「国や市町村の動きは現在〇〇だ」とか。それらを理解し、国の流れと違っていないとわかることで、安心して活動ができます。とくに福祉政策は猫の目のように変わることがあるので、大学の先生や有識者に専門家の顧問として積極的に関わってもらうことをお勧めします。
(聞き手 芳地隆之)