本記事は『生涯活躍のまち』33号の特集「新しい人の流れ」に掲載されたものです。ごちゃまぜと逆参勤交代の親和性の高さも感じさせます。どうぞ。

松田 智生さん 株式会社三菱総合研究所主席研究員・チーフプロデューサー
1966年東京生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。専門は超高齢社会の地域活性化、アクティブシニア論。高知大学客員教授、丸の内プラチナ大学副学長を務める。政府日本版CCRC 構想有識者会議委員、内閣府高齢社会フォーラム企画委員、内閣官房地方創生×全世代活躍のまち検討会委員、国土交通省共助の地域づくりのあり方検討会委員、浜松市地方創生アドバイザー、長崎県壱岐市政策顧問、高知県移住推進協議会委員、著書に『日本版CCRCがわかる本』『明るい逆参勤交代が日本を変える』。

人材の争奪でなく共有を
「逆参勤交代」という言葉を初めて聞いた方に説明したい。1635年に江戸で始まった参勤交代は制度をもって江戸の関係人口を増やすことであった。それによって江戸では藩邸が整備され、全国に街道がつくられた。逆参勤交代はその人の流れを反対にする。都市居住者が地方で期間限定型滞在をし、リモートワークで本業を行いながら、週に数日は地域のために働くことで地方創生と働き方改革を同時に実現するというものである。地方ではオフィスや住宅、ITインフラが整備され、宿泊施設の稼働率も向上するだろう。内閣官房の定義による「都市と地方の人材循環」である。
 逆参勤交代が生涯活躍のまちを加速させることで、「生涯活躍のまち」アドバイザー ※ と自治体との連携の未来について見えてきたことを語りたい。
 現在、逆参勤交代の実装実験を全国各地で行っている。今年度(2022年度)は政令指定都市から人口数千人の市町村まで新たに5カ所で取り組む予定だ。その際に重要なのは動機づけである。われわれは事前に東京でインプットセミナーを開催。受け入れ側となる地方自治体の方から地域の魅力、課題、関係人口、逆参勤交代への期待などを話していただき、参加者は「自分は何で貢献できるか」を考える。
 「都市と地方の人材循環」については、これまでIT、ベンチャー、いわゆる「意識の高い系」、自分探しの若者やシニア、フリーランスなど限られた人材を地方が奪い合いをしていたが、たとえば、東京の大手町、丸の内、有楽町地区の就労人口は28万人、約4,300の事業所がある。うち、上場企業の本社は約100社、売上高は約120兆円に上る。同地区のビジネスマンが逆参勤交代を実施すれば、スモールボリュームからマスボリュームへの拡大が可能になるだろう。それによって地方間で都市の人材を争奪するような不毛な競争は解消されるはずだ。

(注)※生涯活躍のまちの取組を普及促進するため各圏域で中心的な役割を果たすアドバイザー人材を育成するための研修。令和元年~2年度にかけて内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局(当時)によって育成研修が実施された。

企業にとってのメリット
 逆参勤交代は都市居住者が地域の人々と関わりながら、地元の課題を掘り起こして、その解決を目指す。Work(しごと)+Communication(交流)、Education(学び)、Contribution(貢献)=ワーケーションであるべきだ。人材を送り出す企業のメリットとしては、働き方改革(ワークライフバランスの向上、兼業・副業の推進)、人材育成(若手・中堅の武者修行、新卒採用、シニア流動化)、ビジネス強化(ローカルイノベーション、販路開拓、廃業問題)、健康経営(社員のメンタルヘルス予防、健康経営が業績寄与)、SDGs(逆参勤交代銘柄、企業価値)が挙げられる。
 なかでもSDGs については、「8 働きがいも 経済成長も」ならびに「11 住み続けられるまちづくり」との親和性が高い。
 経営者の多くが懸念しているのは、SDGs投資が進まず自社の株価が下がってしまうことだ。逆参勤交代による「新しい人の流れ」が目指すのは、「1億円の売り上げ」ではなく、「100円の株価向上」である。

主語は自分
 われわれが各地で行っている参勤交代トライアルでは、最終日に首長向けプレゼンテーションを行っている。そこで設定しているルールが「主語は自分」だ。まちづくりに対するアドバイスで陥りがちなのは相手主語=「あなたのまちは〇〇すべきだ」で話してしまうこと。そうではなく、「私は、あるいは私の会社は〇〇ができる」という提案型にしていく。
 北海道の上士幌町では、参加者の一人だったアクサ生命保険の大野雅人さんが同町の竹中町長にSDGsの推進(詳細は弊誌20号を参照)を提案したところ、それが採用され、町役場のSDGsアドバイザーに就任した。そして職員向けの勉強会などを行い、再生可能エネルギー(バイオガス発電)の推進やふるさと納税を活用した子育て・教育環境充実化に取り組み、上士幌町は令和2年度に国の「第4回ジャパンSDGsアワード」を受賞した。

地方副業・兼業の可能性
 株式会社デンソーの光行恵司さんは、長崎市壱岐市での逆参勤交代トライアルに参加し、同市に対してコロナ禍でも可能なデジタル逆参勤交代、すなわち人の移動がなくでも地域経済に貢献できる地元特産品のオンラインショッピングを提案した。ふるさと納税や商品の活性化につながるものであり、それ以外にも空き家を改修したゲストハウス・プロジェクトが進行中である。なお、光行さんは逆参勤交代トライアル参加がきっかけで、副業として中小企業の新工場建設アドバイザーを務めるにいたっている。

逆参勤交代で人生が変わる
 コロナ禍以前に行った鹿児島県奄美群島のひとつ、徳之島でのトライアルでは地元高校生向けのキャリア勉強会を行った。建築家、医者、エンジニア、起業家など参加者が自らの経験を高校生に話すというもので、なかでも注目を集めたのは勤めていた会社が破綻してしまった元証券マンが現在は農業を営んでいるという「しくじり先生」の失敗談だった。熊本県南阿蘇村で被災地の中学生と行った交流会では、よそ者から見た村のよさや復興について話し合った。過疎地や被災地の子どもは自己否定感が強い傾向にあるのだが、多世代交流によって自己肯定感が生まれるだけでなく、逆参勤交代の参加者も多くを学ぶのである。

一歩踏み出す勇気
 「私」が逆参勤交代に取り組もうとする際に注意しなければならないのは「新たな挑戦を阻む不条理症候群」だ。ダメ出しをしたら天下一品で、できない理由を挙げるのが得意な批評家が蔓延する「否定語批評家症候群」、“ あなたのまちはこうすべきだ”という主語が他人で当事者意識のない「他人主語症候群」、酒の席では雄弁だが、現場では急に沈黙する「居酒屋弁士症候群」なども挙げられる。これらの「症候群」を克服して、皆さんも第一歩を踏み出してほしい。