●内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局内閣参事官 中野孝浩さん

中野さんは厚生省(当時)に入省後、北海道庁へ出向した際には主に障害福祉の仕事に携わっていました。本省に戻ってからも、官民交流制度を利用して金融系企業に出向し、商品開発や営業に携わる機会があり、福祉の分野にも官民連携にも精通する、「生涯活躍のまち」に打ってつけの方といえるでしょう。今号では、現職に就任後、全国各地を積極的に回られている中野さんに、生涯活躍のまちの現状と展望について、次なるステージに進むためには何が必要かという視点から語っていただきました。

生涯活躍のまちに関心を持つ自治体の裾野を広げる

──「生涯活躍のまち」構想の最終報告が取りまとめられてから3年が経とうとしています。この間、生涯活躍のまち形成支援チーム(以下、支援チーム)の対象自治体の数も増えましたが(2018年12月現在で18団体)、各地で事業化が必ずしも順調に進んでいるとはいえず、中野さんも「生涯活躍のまちは岐路に立っている」とおっしゃっています。

 内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局(以下、創生本部)が毎年行っている市町村向けの意向調査によると、「生涯活躍のまちの推進意向あり」と回答した自治体は、2017年の第1回調査以降増える傾向にあったのですが、今回は前回の245から215に大きく減り、さらに、「推進意向なし」と答えた自治体は前回の516から571に大幅に増えてしまいました。一方、「具体的に計画を策定している」と回答した自治体は前回の79から84に増えています。先頭集団の自治体の数は上昇しているものの、全体としての関心は冷めてきつつある、というのが現状です。
 そこで今年度の調査では、関心の薄い自治体に対して生涯活躍のまちの魅力を周知させるべく、なぜ関心が薄れているのか、どうして具体的な計画策定に移れないかを初めてリサーチしました。それによって見えてきたのは生涯活躍のまち=高齢者のための施策、との誤解です。もちろん、完全な間違いではありません。CCRCの「R」はリタイヤメントですですから。しかし、「生涯活躍のまち」の重要なポイントは「多世代交流」、そして地元の人も移住者も一緒に進めるまちづくりです。その結果、地域に住む高齢者が生き生きとし、そこに若い世代も加わって、まちを元気にする。単に首都圏から高齢者を受け入れることではなく、多世代が交流するシステムであることを粘り強く説いていく必要があると思います。「生涯活躍のまち」(日本版CCRC)について、いわば「R」=リタイヤメントを「A」=アクティブ、あるいはオールエイジに変えるぐらいの意識変革を求めていかなければならないと感じています。

──私たちの事業部門のひとつである生涯活躍のまち移住促進センター(以下、移住促進センター)の訪問者には、NPO法人ふるさと回帰支援センターに行った際、「高齢者の移住であれば移住促進センターで話を聞いてみたらどうですか」と言われて来たという方もいます。

 「生涯活躍のまち」にとって、中高年齢者の移住施策としての重要性は、これからも変わらないと思います。一方、そうした位置づけだけでよいのかについては、再検討の必要があると思っています。たとえば、「生涯活躍のまち」の先進的な自治体である鳥取県南部町、岡山県奈義町、石川県輪島市は、「多世代交流」のまちづくりを進めています。南部町でジェラード屋さんを開店したのは30代のご夫婦ですし、交流拠点では20代の方がインバウンド向けゲストハウスの開設を目指して奮闘されています。
 私は、10年ほど前、北海道で障害福祉を担当していました。その時、よりよい地域づくりという観点からも、対象を障がい者に限定するべきではない、「支えあい」「ともに生きる」地域づくりを進めるという目的で、高齢者も者も、子どもの支援も一体的に実施する、いわゆる共生型事業を推進するプロジェクトをスタートさせました。いまでいう「ごちゃまぜ」の試みです。
 当時、(道央の)当別町の駅前商店街に、地域のNPO法人が「つどい」の拠点をつくり、高齢者、子育て中のお母さん、障がいをもつ方など、誰もが集まれるカフェ的なスペースを設けました。障害福祉というと、施設をつくり障がい者に集まってもらい、支援すると見られがちでしたが、地域のニーズは障がいのある方やお年寄りをはじめ、地域の各人が居場所と役割をもつことだったのです。
 これからは建物も、地元の空き店舗など地域資源をうまく活用して、いろいろなものを組み合わせ、さらに、あらゆる人材が能力を出し合い、支え合えるようアレンジする。「ごちゃまぜ」のコミュニティづくりの中で、誰もが役割と居場所を持つ。こうした理念を広げることが必要ではないかと思います。

──支援チームの対象になっている自治体からは、国からサポートを受けている実感は薄いという声も聞かれます。

 われわれとしてはそうした声を素直に受け止め、反省すべきは反省し、改善をしていきたいと思います。ただ現実問題として、支援チームの対象とされている自治体は、そのほとんどが能力が高く自走を始めており、具体的な支援ニーズはあまりない、という側面もあります。地域再生を「自分ごと」とし、官民連携で、地元住民も巻き込むことができている自治体より、「生涯活躍のまち」をどう進めてよいかわからない自治体にこそ支援が必要だと感じています。「あなたのまちのニーズはこういうもので、そのニーズを実現するためには、〇〇の補助金制度を活用して○○という事業を行ってみてはどうですか。申請の仕方はこのようにするのですよ」といった、一律ではない、個別性の高いアドバイスをして、背中を押す。場合によっては関係する省庁につなげることがわれわれの役割ではないかと思っています。

──先進自治体には「自分たちが国の課題を現場で実践している」という自負もあり、それゆえに国の「生涯活躍のまち」への取組機運がしぼんできているのではないか、との懸念があるようです。移住促進センターに出展しておられる自治体の担当者は、自分たちのまちへの移住者を増やすのはもちろんのこと、もっと世間に「生涯活躍のまちとは何か」を広めてほしいという思いをもっています。

 「生涯活躍のまち」のフロントランナーがふと振り返ってみたら、ポツポツとしかついてきていない、というイメージですね(苦笑)。「生涯活躍のまち」の特例措置が増えるなど使い勝手がよくなれば自然に広がりもでるのかもしれませんが、まずは、従来のような一律の支援ではない、きめ細かいサポートをする。いわば伴走型のスタイルで、地道に着実な自治体支援を行っていきたいと思います。フロントランナーの後をついていく自治体の裾野を広げることは、国が得意とするところです。「生涯活躍のまち」構想に企業が参画しやすくなるスキームづくりも、同時に検討していきたいと思います。

官民連携をいかに進めるか

──「生涯活躍のまち」構想を立ち上げたけれども、手を挙げる事業者が現れないという問題を、少なからぬ自治体が抱えています。

 安定的な事業モデルが見えない、それが背景にあるかと思います。地方創生はよく「産官学金労言」(※1)の連携が必須といわれますが、なかでも「金」が重要な役割を担うことになります。安定的な事業モデルをつくり上げるには、サ高住一本では難しいので、たとえば障がい者の就労継続支援や空き家の活用といったシーズをビジネスとして組み入れていく。本来であれば地方銀行がそうしたアドバイスをし、融資を行い、商売を成り立たせるまでサポートできればよいのですが、地銀で対応が難しいのであれば、誰かがビジネスモデルを提案しなければなりません。そのための人材が地域にいなければ、総務省の地域おこし企業交流プログラムを利用して、地域のまちづくり会社などに確保するという方法もあるかもしれません。
 「安定的な事業モデルの確立」などについては、今般、改定された「総合戦略」でも、「生涯活躍のまち」推進に当たっての新たな検討課題として明記されました。当事務局としても、有識者も交え、今後、次期総合戦略も見据えた調査研究を実施します。

※1 産=民間企業、官=政府・地方公共団体、学=学術・教育・研究機関、金=金融機関、労=労働組合、言=メディア・マスコミ

──地方創生事業で大きな利益を見込めるものは多くありません。

 自分が金融系企業に出向した経験からしても、民間企業は単純に儲けたいだけではなく、よき企業市民としてSDGs(※2)など社会貢献もしたいという思いをもっています。また、最近は自己完結型ではなく、オープンに自治体やNPOなどと連携して「共創」することも活発になってきています。地域活性化事業をいかに自走させるかという課題に直面したとき、そのためのノウハウをもった人材を企業が派遣する。たとえば、まちづくり会社で地元産品の商品開発を行う応援をする中、地域の関係者とその企業の関係が強化され、結果としてマーケット開拓につながるなど、企業にとってもメリットがある。ウィン・ウィンの関係が成り立つのではないでしょうか。企業の社員が地域で活躍することを可能にする手法である、テレワークなどITの活用の環境が整ってきています。

※2 持続可能な開発目標の意

──移住よりも関係人口を増やしていくということですか。

 移住か関係人口か、と二者択一的に考えるのではなく、関係人口は移住へのひとつのステップと考えられるのではないでしょうか。関係人口はそのまちを応援しようと思ってくれる人たちと捉えれば、なんらかのきっかけで、こうした「関係人口」が二地域居住や定住につながる可能性は高いとみることもできると思います。企業では「役職定年」などの制度もあり、50代というのはある程度社内での「将来の見通し」がつく年代です。そうした社員の方にとって、かつて赴任した思い出やつながりのある地域での勤務を可能にするなどの選択肢を提供することで、出向・転籍を経て、たとえば地域のまちづくり会社に再就職するなど、新たな活躍の道が開かれる可能性もあるかもしれません。「人生100年時代」を見据えれば、こうした企業と連携した新しい人の流れも検討課題かと思います。

──「生涯活躍のまち」を推進する施策としてはどのようなものがありますか。

 ひとつは地域再生法で定められている財政的な支援としての地方創生推進交付金。もうひとつは支援チームによる人的、情報的支援です。後者については、施策が国交省、厚労省、文科省などいろいろあり、すべてを十分把握できている人間は多くありません。たとえば国交省のスマートウェルネス等住宅推進事業※3をサ高住のプロジェクトに適用するなど、いわば活用できる「素材」「材料」をニーズに合わせてうまく組み合わせ、「料理」できるシェフが必要なのです。2018年改定版の地方創生の総合戦略には、このような人材を想定し、「広域アドバイザーの育成・都道府県レベルでの配置」も位置づけられています。
 「広域アドバイザー」については銀行の営業マンやコンサルタント、不動産に通じた方、自治体職員なども想定されます。住まい、資金調達など様々な専門性をもつ多様な人材を広域アドバイザーとして、県レベルで育成・プールし、各地域のニーズにあった形で活躍してもらいたいと思います。

※3 高齢者、障害者又は子育て世帯の居住の安定確保及び健康の維持・増進に資する事業の提案を公募し、予算の範囲内において、国が事業の実施に要する費用の一部を補助するもの

──そうした人材は県で掌握するのですか。

 県には、生涯活躍のまちの広域アドバイザーをリストアップしてもらい、定期的に会合を行うといったアドバイザーの活用をお願いしたいと考えています。たとえば〇〇県〇〇市で空き家利活用について悩んでいるという声があれば、機動的にこうした問題に詳しい専門家を派遣する、あるいは集合研修やセミナーを開催するなどの多様な方法により、県レベルの広域で、「生涯活躍のまち」の魅力と利点、理解の推進を図ることを考えています。
 ただ役所は人事異動があるので、詳しい人が異動になると総崩れになってしまうリスクがある。そのため、専門的な広域アドバイザーが恒常的・継続的に活躍できるようにするとともに、全国的にも連携し、ノウハウを蓄積できる方法を検討する必要がありますね。

──中野さんは「見えないノウハウ」を「見える化」しなくてはいけない、とおっしゃっています。卓越した個人だからできるということではなく、誰にでもできるよう、ある程度「見える化」すべきであると。

 地域の人々が自然に触れ合える居酒屋をつくったり、学生や子どもが集まる「地域づくり・コミュニティづくりの戦略」があって、さらに、それらの収支計画など「事業運営を成り立たせる戦略」がある。その際、そうした戦略を実現させるために、どのような推進体制を組み、誰を巻き込み、誰をキーパーソンとして、また、どのような「制度」や「補助金」などの「道具」を活用するのかを考える—それらをリーダーが「どういう思考回路で進めたか」を可視化することだと思います。
 本当は弟子が師匠に学ぶギルドのような徒弟制度が必要なのかもしれませんが、少なくともこうした過程を、「ニーズを発掘する」「フォーカスを当てる」「体制を組む」というように分解して、複数の人材がシェアできるようになればいいのではないでしょうか。
 急速に事業を拡大していった会社が社長の急死で一気に瓦解するというケースがあります。突然リーダーが不在になっても組織が機能するよう、社長の能力の「暗黙知」部分を組織的に文章化・見える化できれば、後継者が組織として事業継続できるでしょう。このことは、企業経営だけでなく、「地域づくり」でも同じです。そういう意味でも「人づくり」は生涯活躍のまちを普遍化させ、「よい取組」を広げるための重要なポイントではないかと思います。 

 (聞き手:芳地隆之)

「ごちゃまぜ」のコミュニティづくりの中で、誰もが役割と居場所を持つ。こうした理念を広げることが必要ではないかと思います。———中野孝浩さん

(なかの・たかひろ)大阪府出身。1995年に厚生省(当時)入省。社会・援護局を振り出しに、官房総務課、老健局、医政局などを経て、2007年から2011年まで、北海道に出向。道庁では、障害者支援制度の枠組みを超えた地域支援を目指す共生型事業推進プロジェクトなど地域福祉関係の事業を担当。民間企業(損保会社)への出向の後、年金局を経て、2018年7月より現職。