(ガールスカウト長野県連盟南信地区の鼓笛隊の演奏に合わせて踊る地元のお子さんたち)

3月24日(日)に長野県駒ヶ根市の中心部にある銀座商店街に建てられた(公社)青年海外協力協会(JOCA)が運営する「J’sほいくえんKomagane」のオープニングセレモニーが行われました。柵を設けない、ガラス張りでなかがよく見える建物(設計は株式会社kyma、建設は株式会社ヤマウラ)。なかに入ると目の前に2階まで伸びる円柱型のザイルクライミングが飛び込んでくる(遊具は株式会社ジャクエツ)。いままで見たことのない保育園です。JOCAが同商店街の空き店舗を改修し、東京にあった本部を駒ヶ根市に移したのは2018年6月です。2021年9月には事務所(1階は駒ヶ根市民活動センター「ぱとな」)のはす向かいに、子どもから高齢者まで、障害のある人もない人も使えるGOTCHA !! WELLNESSが開設されました。そして今回の保育園(入園式は4月7日)。商店街は少しずつ賑やかさを増してきています。しかも駒ヶ根市にはJICA(国際協力機構)海外協力隊の派遣前訓練が行われる駒ヶ根訓練所がある。中央アルプスと南アルプスを望む豊かな自然と国際色のある町に、新たに子育ての場が加わったのです。

はじめは恐るおそる入った子どもたちも元気に遊び始めました。

「子どもには外からの刺激をいろいろ受け止めてほしい」というのは今年の4月から娘さんを預けるお母さんです。「青年海外協力隊として外国での活動経験があるJOCAさんが運営する保育園というところに可能性があると思いました」
とはいえ、初めての子育て。不安は拭えません。何が正解かもわかりません。「だから直観に従ったのかもしれないですね」という彼女は、マッサージの資格ももつセラピストとして市内で働くシングルマザーです。
「両親の家は少し離れているので、すぐに子どものサポートは頼めません。2人でいる時間も大切ですが、娘にはたくさんの大人と接してほしい」。商店街にも多くの大人がいる。だから「ここが2人の居場所にもなるのではないか」と思ったとのこと。仕事と子育て、たいへんですねと言うと、「大丈夫、うまく手を抜いてますから(笑)」と話しておられました。一方、保育士さんはどう思っているのでしょう?
「いったいどんな保育園が生まれるのだろう? という興味が一番の動機です」という保育士さんは、J’sほいくえんKomaganeの求人に応募した理由をこう続けます。
「JICAやJOCAという途上国支援の経験の豊富な団体がする子育て、そしてまちなかでの保育に挑戦したいと思いました」
保育士としての経験は7年ほどあるとのこと。いままでの保育園と違うことへの不安はないですか?
「商店街全体が子どもを見守ってくれる。むしろそれが安心につながるのではないでしょうか」

園長代理の林さん(右)と保育士、栄養士の皆さん


園長代理のJOCAの林駿佑さんは、商店街の人々に「子どもたちを連れて行くので、受け入れてくださいね」と伝えているそうです。子どもたちの仕事体験=駒ヶ根銀座商店街版「キッザニア」を企画しており、和菓子屋さん、呉服屋さん、カレー屋さん、喫茶店、やきとり屋さん(?)など、商店街の人々が幼児に自分がどんな仕事をしているのか、言葉や身振り、手振り、そして実践してみせる、そして子供たちにもトライしてもらうというもの。
「これは子どものためだけでなく、大人のためでもあるんです。子どもたちが行くことで地域のつながりが強くなり、受け入れる商店街にはエネルギーが生まれます」と林さん。子どもたちが商店街に入ることで何かが起こる。育てられる子どもが商店街を育てる。そんな関係が生まれる予感がします。

JOCAの雄谷良成会長

表記のタイトルはJOCAの雄谷良成会長の挨拶の言葉です。子どもたちはハコのなかを飛び出して、マチのなかで、いろいろな人と関わっていきながら育っていく。人と人が関わることの大切さ――年初に起こった能登半島地震の災害支援を石川県の社会福祉法人佛子園とともに続けていくなかで、あらためて認識したことでもあります。

伊藤祐三・駒ヶ根市長「まちなかに子どもの声が広がる。商店街で新しい時代が始まる。そう思っています」
佐々木祥二・県議会議員「長野県の政策の柱である『こどもまんなか』社会がここから広がっていってほしい」
吉瀬俊明・駒ヶ根市町内会代表「小さなお子さんたちが笑いながら商店街を歩いてくれる。商店街が元気になる。そのためにできる限りの協力をしたい」

JOCAは奥能登で約5,000戸の仮設住宅を運営していくことになります。その経験は駒ヶ根市にも活かされると同時に、駒ヶ根市における商店街再生の試みが奥能登の地域づくりのヒントになるかもしれません。

セレモニーの最後は駒ヶ根子どもオーケストラの皆さんが素敵な演奏で締めてくれました。

 駒ケ根市の生涯活躍のまちが、また新たな一歩を踏み出しました。