岩手県盛岡市の総合診療クリニック「なないろのとびら診療所」は内科・心療内科を中心に、認知症・緩和ケア・訪問診療などもカバーし、地域の方々の身体と心の不調に対応しています。通院困難な方にはオンライン診療を提供。美容医療にも取り組んでいるほか、建物のなかには「おちゃのま」という食堂や書店、商店、駄菓子屋さんがあり、週末にはこども食堂など、地域の「安全基地」の役割を担っています。同診療所所長であり、「おちゃのま」を運営する総合診療医の松嶋大さんは、「医療を核としてまちづくりを進めるというよりも、医療をまちづくりのひとつのツール、パーツとして活用している」と言われます。その真意についてお聞きしました。

なないろのとびら診療所所長
松嶋 大(まつしま・だい)さん

聞き手 : 松田 智生( 株)三菱総合研究所主席研究員、(一社)生涯活躍のまち推進協議会理事 
構 成 : 芳地 隆之( 一社)生涯活躍のまち推進協議会事務局長

医療行為で解決できない問題をどうするか

松嶋 あるときシングルマザーの方が診察に来られまし た。彼女には鬱の傾向があり、話を聞くと、子どものお迎えなどで早く帰りたいと思っても、そうはせず他のスタッフと同様に遅くまでがんばっていました。早く帰ると、「これだからシングルマザーは」と差別を受けて報酬などで不利を受けるからです。離婚の原因が元夫のDVだという彼女は、自身も子どもに手を上げてしまいそうになる。そうした苦しみを抱えていました。私は薬でよくできる問題ではないと絶望しつつ、彼女の生活を助けるにはどうしたらいいかを考えたとき、「お母さんが帰ってくるまで、ここで子どもを預かることができれば、お母さんも余裕をもてるだろう」と思ったのが始まりです。 目の前に困っている患者さんがいて、医療行為だけでは解決できない時どうするか。私が学んでいた自治医科大学総合診療部は、他の科で対応できない患者さんが来ていたので、断るという場面が見たことがない。医療外のことでも断らないのはその時
の経験があるからだと思います。

松嶋 診療所は「おちゃのま」というスペースの一角にあるのですが、ここ「おちゃのま」には、ご覧のとおり、 本があり、ピアノがあり、子どもたちがいつもいます。診察中にも笑い声が聞こえる、ピアノの音は響くなど、とても賑やか。「おちゃのま」にたまたま医療機関が隣接しているという感じです。

松嶋 ここはJR仙北町駅前なのですが、行き止まりなので、知らない人がふらりと入れるような場所ではなく、しばらく誰も来ない日が続きました。それが変わったのは、同じ建物でぼくらが直営していたカフェを、あらや食堂を運営する荒屋亜紀子さんに貸してからです。荒屋さんは交流範囲が広く、何よりお食事が美味しい。
 カフェに人が集まるにつれ、おちゃのまにも人が来るようになりました。 子ども食堂は毎月1回開催しています。食事をつくるのも子どもたちです。朝の9時半に集合して食材を買いに行き、みんなで食事をつくり、お客さんにお昼ご飯を提供します。メニューは子どもが決めます。参加する子どもの年齢層は小学校5年生から高校1年生くらい。運営については子どもを中心として、大人も混じってみんなで決めています。この話し合いは子どもも大人も完全にフラットです。

松嶋 はい、こうしたプロセスを「社会実験を楽しむ」という気分で進めています。

困っている人との出会いの場

松嶋 ぼくには福祉をしているという意識はありません。地域の食堂や八百屋さん、あるいはタクシーの運転手さんのように、まちの構成員になりたいと思っています。医療従事者は町内会の一員というよりも、少し高い敷居にいる人として特別扱いされがちです。そういう立場になると、医療機関の敷居も必然的に高くなります。つまり、地域の方々は医療機関に来づらくなるのです。
 10年くらい前、60代の患者さんが来られました。18歳で上京してから、首都圏で安定した生活を続けていたけれども、胃がんを患った。治療を頑張ったものの、いよいよ厳しいとなったとき、「最期は故郷で」と帰ってきたそうです。眠れなくて困っているというので、薬を処方するとよく眠れたととても喜ばれたのですが、その方は盛岡に帰ってきて6カ月が経っていました。その方に、「(わたしたちに)もっと早く出会いたかった」と言われた、その言葉が、とにかくずっと心に残っています。どうすれば、困っ
ている方にもっと早く出会えるのだろうと。
 困っている人に会えるのはどうしたらいいか、を考えて始めたのが美健外来です。美容と健康の増進のための自由診療外来。保険外診療になると敷居が下がるんですよね。病気ではないけれど、なんか調子悪いなという人が来る。そこで病気がわかることもあります。

松嶋 今後の課題は、私たちが事業を丸抱えするのではなく、地域の資源をつなげて面展開をしていくことです。最近、訪問看護を利用している独居高齢者の女性が、栄養の偏る食事をしているのがわかりました。とはいえ、本人はヘルパーに来てもらうのも、配食サービスもいやだというので、上述のカフェの荒屋さんにおかずをつくってもらい、ボランティアが毎週月曜日に届けています。

循環型の互助の形

松嶋 JRが国鉄だった時代に就職した方ですね。東北新幹線の盛岡・大宮間が開通した頃、盛岡駅ビル「フェザン」を建てたというのが自慢でしたが、心不全で体調を崩されました。それでも在宅で治したいという本人の希望があったので、在宅診療を続けました。

松嶋 ぼくはなないろのとびら診療所所長のほか、一般財団法人なないろ未来財団代表理事、株式会社おたがいさまカンパニー代表取締役としてまちづくりに取り組んでいます。目標は地縁・血縁に拠らない、循環型の互助の形をつくること。お互いの顔が見えなくても、人の優しさが伝わるような地域にしたい。医師・松嶋ではなく、医師免許をもっている活動家・松嶋の仕事だと思っています。

松嶋大(まつしまだい)岩手県盛岡市生まれ。医学博士。2000年岩手医科大学医学部卒業。同年、自治医科大学地域医療学教室に入局。自治医科大学病院総合診療部での研修を経て、新潟、岩手、沖縄で地域医療に従事。2009年自治医大大学院卒業。藤沢町民病院などを経て2015年4月開業。2017年11月に移転し現在に至る。専門は総合診療。認知症と在宅医療を得意とし積極的に取り組んでいる。信念は「目の前の人に善いことをする」。主な著書に『健康増進外来』(新興医学出版社)がある。

一般財団法人なないろ未来財団では経営企画スタッフを募集しています

松嶋さんのいう「地縁・血縁に拠らない、循環型の互助の形」を実現するためのまちづくりのしごとです。外部との折衝や活動の記録など、多岐に渡る業務になります。ご関心のある方、当協議会事務局までご一報ください。働き方や報酬については松嶋さんと相談していただきます。
事務局:芳地隆之(ほうちたかゆき) TEL:080-2373-1928 MAIL:taka.2429.hochi@gmail.com

事務局長