当協議会の正会員である(公社)青年海外協力協会の宮城県岩沼市の拠点、JOCA東北の開設一周年記念の一環として、施設内の「岩沼ピカデリー」(普段はJ’s保育園の講堂として使っているのですが、映画上映のときだけは名称を変えます)において、伊勢真一監督のドキュメンタリー映画『やさしくなあに~奈緒ちゃんと家族の35年~』(2017年)が上映され、その後は伊勢監督とJOCAの雄谷会長とのトークが行われました。

てんかんと知的障害をもった姪の西村奈緒さんを、叔父である伊勢監督が、彼女が8歳のときから35年間に渡って撮り続けた作品です。1995年には20歳になるまでの奈緒さんと彼女の家族に寄り添った『奈緒ちゃん』という作品で毎日映画コンクール記録映画賞グランプリ他多数を受賞した伊勢監督ですが、その後も“ 奈緒ちゃんシリーズ”として『ぴぐれっと』(2002年)、『ありがとう』(2006年)を制作し、本作は4本目となります。

伊勢監督はそのシリーズが続く理由をこう語ります。

「映画って必ず完成させなきゃいけないのかなって思うんですよ。とくにドキュメンタリーは。たとえばある人が亡くなったとしても、残された人のなかにその人が生きていれば、それは終わっていないわけですよね。ましてや奈緒ちゃんは明るく元気で、家族がぶつかると「喧嘩しちゃいけないよ。やさしくなあに・・・・・・」と仲直りさせようとする。機転も効いていて、それが家族を元気にさせているところもある。その姿に導かれるようにカメラを回すので、フィクションのように物語をまとめることはできないんですよね」

                    伊勢真一監督

それに対して雄谷会長は「ドラマはどんなに面白くても3~4回見れば、飽きてきてしまう面がありますが、 『やさしくなあに 』をはじめとする伊勢監督の作品は何度見ても、毎回新しい発見がある。そのときの自分と照らし合わせて見ることもあるからでしょう」。前日、雄谷会長は伊勢監督に「伊勢さんは映画を通して記録しているのですか、記憶を描いているのですか」と問いかけていましたが、この作品ではときおり、家族のむかしの映像が挿入され、それが過去と現在をつなぎ、家族の各人がそれぞれの思い出をもっていることなどが示唆されています。

                   雄谷良成・JOCA会長

伊勢監督は「現在も続くウクライナ戦争には心が痛みます。それに対して自分は何ができるかとも考えるのですが、私は『反戦』をテーマにしたドキュメンタリーをつくるよりも、日常の生活の尊さのようなものを描きたい。日常のささやかな営みの大切さを知ることが、人の生活を壊してしまう戦争に対するNOにつながるのではないでしょうか」

そこで伊勢監督は「普通」を描くことの意味についても話したところ、雄谷会長からは「普通って何でしょう? ひとりの人のなかにも、優しさや温かみ、冷たさ、ときには残酷な面などもある。様々な感情をもっていると思うんです」という問いかけが。残念ながらトークの時間が過ぎてしまい、伊勢監督からは「雄谷さん、その議論は次回やりましょう」ということで、最後は伊勢監督の東日本大震災をテーマにした『傍ら~3月11日からの旅~』に登場したシンガーソングライター・苫米地サトロさんが自作『満月』を披露してくださり、上映会と対談は終わりました。

その後はパンフレットのサインをしながら伊勢監督と参加者との交流もあり、訪れてくださった参加者のなかには「岩沼ピカデリー」から保育園の前を通り、事務所の横を抜けて帰られました。

JOCAは青年海外協力隊の経験者が中心となって構成されており、JOCA東北は保育園のほかにも温泉や食事処、ウェルネス、障害者の放課後等デイサービス、高齢者の通所介護、就労継続支援などを展開する、様々な方々が集う場所となっています。

伊勢監督は穏やかな口調で「ごちゃまぜって本当にいいね」。認知症になった妻に寄り添う夫を描く『妻の病~レビー小体型認知症~』や脳性麻痺で寝たきりでありながら歌をつくり続ける友人をカメラに収めた『えんとこのうた』など、日常生活が一人ではおぼつかない人に寄り添い映画をつくってきた伊勢監督の言葉には実感が込められていました。

             この日の午前中はJ’s保育園の入園式がありました。
               園児が描いた民族衣装を着た世界の人々

伊勢監督の最新作は『いまはむかし 父・ジャワ・幻のフィルム』。伊勢監督の父・伊勢長之助が戦時中のインドネシアでつくっていた国策映画、“幻のフィルム”を追うことで、父親が生前語らなかった声に耳を澄ませようとする作品です。映画製作には伊勢監督の子どもたちも加わり、3代にわたる家族の物語にもなっています。だから「いまはむかし」だけれども「むかしはいま」。

伊勢監督の上映をご希望の方は、いせフィルム 伊勢真一監督 公式サイト をご覧ください。