長年、NPO 法人でまちづくりに取り組んできた井上さんは、これまで行政に働きかける側でした。現在は立場が逆になったものの、基本姿勢は変わらないとのこと。まちづくり人材育成のための役場職員の意識改革、小さな町が生き残っていくための自治体間での協力を重視し、町長選挙の出馬表明の際に語られた「横断的、包括的な行政の仕組みづくりと近隣市町との広域連携を進めたい」を実行中です。本記事は『生涯活躍のまち』42号(2023年9月)に掲載のものですが、内容は公務員の働き方に留まらない、「人を知る」「人を育てる」というテーマが根底にあります。人が人としてのベースに何を置くかという話としてお読みください。

――町長に就任されてから約7カ月が経ちました。どのように振り返れられておられますか。

 これまで民間として役場に働きかけてきた立場が逆になったわけですが、従来、取り組んできた、保育やファミリーサポートを中心としたまちづくりで、地域の皆さんの考えをすり合わせながら意思決定してきた点では同じです。NPO法人の活動も皆さんから預かったお金で行ってきました。ただし、町長の仕事は多岐に渡ります。皆さんからいただいた税金の使い方を間違えないよう、行政上の手続きの重要さをあらためて認識しているところです。

――町長選に当選された際、地元テレビのインタビューで「私は困りごとが異常に気になる体質なので、町民の皆さんの気持ちに寄り添って町政を進めていきたい」とおっしゃっていたことがとても印象的でした。

 自分が育った環境もあったと思います。私の父は病気がちで、家の主たる生計は母が保育士として維持していました。学童保育もなかった時代です。母の帰りの遅いときは近所に住む大叔母や隣人の皆さんのところに預けられていました。困ったときはお互い様という関係でした。だから自分には「地域にも育てられた」という思いがあります。
 嫁いだ先の小竹町では、教員の夫の実家が経営する米穀店を手伝っていたのですが、食料品の販売だけでなく、地域の方々の頼まれごとも請け負っていました。たとえば、事情があってローンを組めない人に代わって家電製品を購入し、預かっているお金のなかから月々の返済を代行したり、一人暮らしの全盲の方に三度のご飯を運び、定期的に病院に連れていったり。いまでいうソーシャルワーカーですね。そうした環境も「困りごとが異常に気になる体質」をつくっていったのかもしれません。

――町長としてまず力を入れたいと思われたことは何ですか。

 職員の育成です。これまで放課後児童支援員などの資格取得のための人材育成に携わってきた私から見ると、役場
では仕事のやり方が「個人任せ」であるように思えました。規模の大きな自治体であれば、系統立てて研修が行われるのでしょう。小竹町のような小さな役場では、新卒職員が初日から内線電話が置かれている机の前に座らされるわけです。しかも窓口に一番近いところなので、町民への対応をしなければなりません。
 それできちんと仕事ができるのか、と上司に聞いたところ、当該部署で実践をしながら、周りから教わり、学んでいくと。地方公務員になるための勉強をし、試験に合格して入職しているとはいえ、それでは新卒職員の働き方が上司の影響を受けてしまい、各々にばらつきが生じてしまいます。

小竹町役場全景

――属人的になってしまいますね。

 若い職員が仕事のやり方を教えてもらってもいないのに、上司や町民に怒られるのは「なし」にしなければなりません。早速、窓口・電話の対応マニュアルを作成しました。
 福岡県には県内の全市町村の参加を得て設立された福岡県市町村職員研修所があります。福岡県庁への市町村職員
の出向研修制度もあるのですが、私たちのような小さな役場はぎりぎりの人員で回しており、欠員が出ると代わりがいないという問題が生じてしまう。だから派遣できない。成長の機会の損失ですよね。ただ、嘆いていても始まらないので、町長直轄(人事係)で新人職員の研修を始めました。今年度の新卒採用5名で町の補助金に関するガイドブックをつくるというのがミッションです。
 毎週金曜日16時から1時間、町長室の隣の応接室に職免(職務専念義務の免除)で集まり作業をしています。ガイド
ブックの出来よりも、部署の違う者同士が議論をしながらひとつのものをつくる。その過程が大切であり、わいわいやって笑い声が聞こえたり、調べものをしているのか静かになったり、隣にいる私にもメリハリが伝わってきます。

――行政の縦割りを越える作業にもなりそうですね。

 課題の解決に取り組むことで小竹町全体のことが見えてきます。そうすれば、町民の相談を受ける際にも、いろいろな部署へたらい回しにすることなく、ワンストップで対応できるようになるでしょう。

――井上さんが町長に選ばれた理由のひとつは「役場を変えてほしい」という町民の声だとお聞きしました。

 就任時の訓示でも「町民に寄り添った町政を」と申し上げました。
 公務員は「書類を扱う」というイメージで入職する人も少なくないのですが、本質は「コミュニケーションワーカー」です。町民が窓口に来た際、どのような対応をするかで、その人の仕事のクオリティが決まります。たとえば結婚届を出しにくる2人が窓口に来たら、「よかったですねえ、おめでとうございます」と言えるか、言えないか。「どこで知り合ったんですか?」までは聞けないでしょうが(笑)、そのくらいのテンションがあっていい。出生届を受けた際には「おめでとうございます。これから一緒に子育てしていきましょうね」と声をかける。逆に死亡届であれば「たいへんだったですね、お悔み申し上げます」。そうした一言で町民の皆さんの気持ちは明るくなったり、慰められたりするんです。
 たとえば、ある人が水道料金を払いに来たとします。その際に職員が「払って当たり前」という態度をとるのはどうでしょう。支払は義務とはいえ、いろいろ事情があって払えなかった。そしていま役場に来てくれている。「わざわざ来てくれて、ありがとうございます」という気持ちで迎え、払えなかった理由に耳を傾けるだけでも、相手に与える印象はぜんぜん違います。
 「定年後に事業をしたいと考えていますが……」と役場に相談に来られた方には「どんな事業をしたいんですか?」って前のめりで聞きたくなりません? 「必要な書類はこれこれです」と渡すだけでは、この町で事業を起こそうとしている人の気持ちを萎えさせますよね。「成功するよう、できることは応援します」と声をかえることで、「町にとっていい仕組みをつくろう」と思ってくれるかもしれない。移住してきてくれた方が「役場でこんなサポートをしてもらった」と話せば、それが口コミで広がるでしょう。悪いこともしかりです。
 町の前進のためには職員のコミュニケーション力、資質の向上は不可欠。どんな分野でもうまくいくか、いかないかは「人次第」が私の経験則です。

――弊誌の以前のインタビューで、まちづくりについて「人が集まるところに楽しみやしごとが生まれる」とおっしゃっていました。役場に町民が頻繁に訪れるようになれば、何かが生まれそうですね。

 本来、公務員というのはわくわくするような職業だと思うんです。でも、なかなか楽しいと思えるところまでいけない。役場の職員は町民からクレームを受けたり、議会からできないことを責められたり。そうではなく、町民ひとりひとりがまちをつくる主体者として役場と協働してくれれば、その関係のなかで職員のモチベーションも上がりうると感じています。
 しごとづくりの関連でいえば、地元企業は人材の確保に困っており、先日、ある会社の社長さんが役場へ表敬訪問に来られた際、「小竹町の企業に来てくれるような人がいない」と嘆いていました。「地元の中学生や高校生に『大学の学費を当社が負担するから、卒業したらわが社に来てくれ』というのはどうだろう? でも、大学で他の分野に興味をもったら、それが重圧になってしまうだろうし」と悩んでおられたので、次に会うときは「在学中に借りた奨学金を企業が返済することで入社を促すのはどうか」といった議論をしようと思っています。会社に人が来てくれないと、地域がもたない。事業を継続していくために利益を追求しているとはいえ、みんなが生活していけるために働くんだという思いを経営者はもっています

――JR小竹駅をにぎわいづくりの拠点にする計画もあるとお聞きしました。

 昨年の2月に無人駅となったJR小竹駅の執務室を使って、コーヒーやサンドイッチ、地元の特産品などを売ってにぎわいを創出するというものです。民間でやってもらい、役場が支援する形態を想定しています。無人駅は犯罪の温床になる危険もあるので、人が集まる仕組みをつくりたい。地域おこし協力隊にも入ってもらう予定です。今後20年で小竹町の人口は7,000人弱から4,000人台に減少すると予測されるなか、駅周辺に町の機能を集める。駅前にある4haの町有地を宅地化する構想もあります。

――地域おこし協力隊の任務を特化するということですか。

 地域おこし協力隊にたくさんことを求める、あるいは「広報活動に力を注ぐ」といった漠然としたことを要件としても、任期が終わった後に地元に定着してもらえません。今回は駅舎に賑わいをつくって収益を上げるに絞ります。地元には「1日だけならパンを売ってもいい」「野菜を売ってもいい」という人たちがいるので、そうした方々もコーディネートする。ゼロからのスタートですから、数字は上がるだけ。目標値をクリアできたら、他の分野にも関わっていけばいい。ゆくゆくは町内に永住し、人脈を生かして起業していただければと思います。
 地域おこし協力隊が地元に定着しない理由として、「食べていける仕事がない」はよく指摘されることです。それに対して総務省は「特定地域づくり事業協同組合制度」をつくりました。「事業者単位で見ると年間を通じた仕事がない」「安定的な雇用環境、一定の給与水準を確保できない」が人口流出の要因やUIJターンの障害になっているなか、特定地域づくり事業協同組合が地域の仕事を組み合わせて年間を通じた仕事を創出。同組合が職員を雇用し事業者に派遣するというもので、期限付きではないこの制度にも期待しています。

――広域連携も進めておられるそうですね。

 北九州都市圏の18自治体が観光や町おこし、産業づくりなどに取り組む「連携中枢都市圏構想」に加わっています。国としても、個々の小さな町村に地方交付税を供出するのではなく、水道事業であれば同圏の4つくらいの自治体が全体を賄うなど、北九州市、福岡市、久留米市などの指定都市、中核都市に機能を集約していくというものです。
 同時に情報をオープンにして、一緒に観光メニューなどをつくっていこうと言っています。小さい自治体がそこだけで生き残っていくのは難しい。旧鞍手郡の3市町(宮若市、鞍手町、小竹町)の間ではすでに、じん芥処理や消防の共同運営をしています。図書館、あるいは弓道場なども人口数千人規模の自治体が個々にもつのではなく、一緒に使うという流れです。広域化は今後も進めていかなければなりません。

――今後の町長としての抱負をお聞かせください。

 小竹町のキャッチは「住みたい!育てたい!訪ねたい!あなたが主役 幸せ実感 小竹町」です。引き続き、町民の皆さんがまちづくりを「自分ごと」にしてもらうよう働きかけていきます。自分たちのまちは自分たちでつくる。みんなで草取りやったら、その後にバーベキューをする。そんな楽しみが生まれる空気をつくっていきたいと思います。 (聞き手 芳地隆之)

ぼた山跡地に植えられたオリーブの木

井上頼子(いのうえ・よりこ) 福岡県行橋市生まれ。福岡教育大学卒業後、地元での小学校教員を経て、1989年に結婚して小竹町へ。嫁いだ先の米穀店で地域の方々の困りごとの解決に取り組む。その後、学童保育のための資格研修を行うNPO法人学童保育協会、地域で子育てのファミリーサポートを行うNPO法人リトルバンブーを立ち上げ。学童保育協会 理事・事務局長、リトルバンブー副理事長を歴任。2022年12月、24年ぶりの町長選挙に当選。2023年1月29日に小竹町長に就任。