岩田 健さん岩田健 社会保険労務士・FP事務所 代表/自治体マーケティングサポーターズ協会 代表/ 「生涯活躍のまち」ネクストステージ研究会委員

いわた・けん●北九州市役所に26年間勤務。産業経済局で貿易振興、自動車産業振興(この間、経済産業省に2年間出向)、北九州市上海事務所、市長秘書担当課長を経て、定住・移住促進、都市ブランド戦略を担当。保有資格は社会保険労務士、CFP(※1)行政書士、宅建士、DCプランナー(※2) 1級、福祉住環境コーディネーター2級ほか。

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*1…米国CFPボードが認定するファイナンシャル・プランナーの民間資格。国際的にも通用するもので、世界20カ国以上・地域で導入されている
*2…認定試験に合格し、日本商工会議所に登録することで得られる資格。「DC」とは「確定拠出年金」のことだが、年金制度全般にわたる正しい知識の普及や運営・管理を行う実務家としての役割が期待されている

北九州市の横顔
面積:491.95㎢(平成30年6月1日現在)人口:94万6,973人(〃、対前年同月比5,102人減少)世帯数:43万449世帯(平成27年国勢調査に基づく)
市制発足は1963(昭和38)年2月10日、4月1日に政令指定都市となる。1901(明治34)年に官営八幡製鐵所が開業、明治近代化を支えた。以降、全国屈指の工場地帯として発展、現在はその広大な工場群を海から楽しむ「工場夜景観賞クールズ」が人気。北九州市出身、またはゆかりの作家、漫画家に森鴎外、林芙美子、火野葦平、松本清張、松本零士、リリー・フランキーなどがいる。

北九州市では豊富な海鮮によるまちの魅力づくりが進行中

福岡県北九州市は雑誌『田舎暮らしの本』で2016年夏に「50歳から住みたい地方ランキング」第1位。そして「2018年版住みたい田舎ベストランキング」でも第1位に輝きました。一時期、治安が悪いというイメージをもたれたこともあった同市への評価がどうして高まったのでしょうか。今年(2019年)3月まで北九州市役所に勤務し、移住・定住に携わっていた岩田さんのお話をお聞きすると、その理由が見えてきます。

役所は事業内容に口を出さない

 「地方から東京の大学に進学すると、出身地を尋ねられますよね。そのとき『札幌』とか『神戸』というと『へえ、いいね』と言われるのですが、北九州と答えると、『は? 九州のどこ?』なんていう反応になる(苦笑)。同じ政令指定都市なのに。北九州の知名度を上げたいという思いをもって市役所に入りました」

 そんな岩田さんにとって、2015年に始まった地方創生は「想い」を実行に移すチャンスだった。

 「国の総合戦略ができて、北九州市でも地方創生推進室が立ち上がり、北九州市版まち・ひと・しごと総合戦略の作成がスタートしました。当時、福岡市が国家戦略特区の指定を受けていたこともあり、北九州市も指定に向けた検討を進めていたのですが、日本版CCRC有識者会議が始まり、石破茂地方創生大臣(当時)も毎回会議に出席されるなど、北九州市にとっては日本版CCRCのほうが可能性があるのでは、と思ったんです」

 当時3期目に入った北橋健治市長が内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局の山崎史郎統括官に会い、日本版CCRCが目指すところに共感。アクティブシニア向けに移住を呼び掛け始めた。同年9月、岩田さんは定住・移住促進担当課長になる。

 「あの頃、シニアの移住を呼びかけている市町村、とりわけ北九州市のような大きな政令指定都市は珍しかったと思います。2015年12月には日本版CCRCが『生涯活躍のまち』と名称を変えるわけですが、それとほぼ同じ時期に定住・移住のポータルサイトを立ち上げ、現在の体制の基盤ができました」

 2016年には地域再生計画を発表。市内を6つのエリアに分け、地域包括ケアに取り組む、やる気のある事業者を各エリアの中で生かしていくのが柱だった。地元の事業者は一生懸命に取り組んでいるものの、相互の連携はなかったので、彼らをつなげるのも岩田さんたちの役割だったという。

 「他の市町村との違いは、役所が事業の内容に口を出していないところかもしれません。ある特定エリアを決めて、そこに新たに中核施設をつくるとなると、その計画に縛られてしまいます。サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)は施設ではなく住まいなので、基本、誰がどこに建ててもいい。行政が誘導するものではありませんから」

 たとえば、特別養護老人ホームは市の計画に基づいて公募を行い、そこで手を挙げた事業者の中で審査を行う。これは保健福祉の分野なのだが、CCRCは「高齢者移住施策」であって、「高齢者施策」ではないというのが保健福祉担当部署の認識だった。そのため、岩田さんが属していた定住・移住促進部門との連携はスムーズにはいかなかったという。

 「生涯活躍のまちはハードにお金を出すものではありません。事業者は、市の地域再生計画にメリットがあると思えばプロジェクトを進めていくし、ないと思えばやらないでしょう。補助率が高いといった政策ツールが入ってくれば別ですが、それがないので、役人には『CCRCの具体的な成果は何か』が明確ではないため、何のために動くのかという思いも、正直あるのではないでしょうか」

守恒周辺地区 ▶土地区画整理事業によって誕生した住宅地。分譲団地や賃貸マンシ ョン等が多い。▶市民を対象とした公開講座を実施している北九州市立大学があるほか、約50のクラブが活動している市民センターがある。▶199床を有する病院や、住宅型有料老人ホーム等がある。
黒崎周辺地区 ▶商業集積地である黒崎駅に近接するエリア。地区内に、大型ショッピ ングモールが所在する。工場が立地する臨海部にも近い。▶約50のクラブが活動している市民センターのほか、生涯学習や交流、高齢者の活動支援等を行う拠点が集約された施設が近接する。▶500床以上を有する病院があるほか、訪問診療を実施している診療 所も少なくない。
洞南四地区 ▶日本製鉄※八幡製鐵所の社宅が多く立地していた住宅街である。▶生涯学習の拠点として地域活動リーダーを養成する年長者研修大 学校の「穴生学舎」のほか、約55のクラブが活動している市民センター等が所在する。▶約40床を有する病院や、地域の介護施設と密に連携している診療 所、特別養護老人ホーム、サービス付き高齢者住宅等が立地する。※4月1日に社名変更
一枝周辺地区 ▶大学や高校、大規模公園などが所在する文教エリアである。▶九州工業大学や西南女子学院大学が近い。約40のクラブが活動している市民センターも所在する。▶医療モールや、サービス付き高齢者向け住宅内にケアステーションがある。
山路松尾・高尾 周辺地区 ▶緑豊かな住宅地である。▶九州歯科大学が近く、生きがい活動を行うNPO法人等が所在する。▶120床を有する病院や在宅支援センター、住宅型有料老人ホーム、 ケアハウス、グループホーム、デイサービス施設等が立地する。
八幡駅周辺地区 ▶新日鐵住金八幡製鐵所の社宅が多く立地していた住宅街である。17.3haの広さを有する大規模公園がある。▶地域公開講座を開講している九州国際大学やJICA九州国際センター、響ホール等が立地する。八幡東地域のスポーツレクリェーションの中心大規模公園には、プールやテニスコート、野球場等が整備されている。▶約440床を有する病院等が立地する。

本当に求められる情報は地元の暮らしぶり

 移住者獲得のためのアプローチについてはこう語る。

 「北九州市は『田舎暮らしの本』で1位をいただきましたが、いわゆる移住に特化した雑誌は読者がコアな移住希望者に限定されており、『移住をそろそろ考えたい』『いずれはしてみたい』など漠然と考えている人にも届けたいと思ったら、『住まいはあるのか』『医療や福祉の環境はどうなっているのか』『地元の人々は温かく迎えてくれるのか』という暮らしぶりをイメージできる情報の提供が求められます。たとえば、東京での移住セミナーで地元スーパーのチラシや不動産屋のアパート情報などを見せると、物価がわかると喜ばれるんですよね。ところがそういう『平場』の話はメディアの記事にはなりにくい。ですから北九州市の日常生活の情報提供や市のPRを何の媒体を使って行うか判断する指標は、雑誌ならば発行部数、ウェブであればページビューといったものになります」

 まずは北九州を知ってもらい、現地に出向いてもらう。それが観光につながり、それから何度も地元を訪れた上でようやく移住が決まるので、当然ながら時間はかかる。現在の有楽町のふるさと回帰支援センターや八重洲の移住・交流情報ガーデンにおける移住相談の他にも改善の余地があると岩田さんは言う。

 「旅の印象は食べるものと泊まったところによって決まることが多い。素晴らしい観光地を訪れても、宿や食事がよくなかったら、その土地のいいイメージは残りません。移住相談も同じで、そこの相談員の印象やフロアの雰囲気がよくなかったら、まちのよさも伝わらないのです。移住相談に来られた方のニーズを把握し、それに応じてどんどん情報を提供していくためには、移住・定住の担当者が毎月1回東京へ出張し、一定期間、移住希望者の実態を調べるやり方でもいいのかもしれません」

 IT技術が進んできたので、東京と現地をスカイプでつなげてやりとりするなど、移住促進でやれていないことはまだまだあるという。北九州市の生涯活躍のまち構想にサ高住の建設・運営の計画はないが、地元で事業を展開している社会福祉法人「もやい聖友会」は、国土交通省がサ高住の空き室を一定期間目的外で使用することを認めたのを受けて、「ひとつ屋根プロジェクト」を立ち上げてサ高住に女子学生3人を住まわせたという。それによって世代を超えた交流が生まれ、その後、空室は埋まった。

 「あるいは誰かをモデルにし、サ高住の部屋を安く提供することで入居してもらい、その条件としてこちらが1カ月間取材する。それによって何が足りないか、がわかる。それを改善すれば、入居してくださる人が増えるかもしれない。であればPR費として支出しても高くはないでしょう」

 岩田さんの移住促進のアイデアは尽きない。市役所での最後の役職は都市ブランド担当課長(ふるさと納税も担当)だった。ふるさと納税制度の改正で返礼品の納税額における割合が4割から3割に引き下げられた現在、ふるさと納税のポータルサイト費1割、送料1割、PR費1割かけていたら、それだけで6割になってしまう。ところが、経費を含めて全体を5割に抑えるという規制も加わった。クール宅急便など送料を切り詰められないのであれば、(これだけふるさと納税が周知されているのだから)ポータルサイトなどを使わず、自治体や事業者が自ら魅力的なサイトをつくって経費を下げるといったアドバイスなどをしているという。民間に立場は変わっても、生涯活躍のまちを推進していく仕事は健在だ。

(聞き手:芳地隆之)