Digi田(デジでん)甲子園2023表彰式にて(岸田前首相他と)

 地方創生が始まって10年余り、生涯活躍のまちに取り組まれてきた宇和島市高齢者福祉課長 兼 地域包括支援センター所長の岩村正裕さんによれば、まちづくりにおいてバイタリティにあふれる人が見つかると、そこで思いもよらなかった化学反応が起こるといいます。大事なのは地域住民と一緒に行政職員も参加することだとも。宇和島市における住民主体の活動がいかに「新しい」と「楽しい」をもたらしているか。読んでいただければおわかりになると思います。

現場ありきの解決を施策へ結びつける

 宇和島市は四国の西南部に位置する。人口は6万5,922人(2025年7月時点)。高齢化率は41.4%。人口は毎年1,600人ペースで減っている。10年前は毎年1,200人減だったので、人口減少に拍車がかかってい
る。内閣府の『令和6年度高齢社会白書』によると、日本における65歳以上人口1人を支える生産年齢人口は、2070年には1.3人になると推計されているが、本市では2025年時点ですでに1.26人。全国平均を45年以上上回るスピードで高齢化が進んでいる。愛媛県のなかでも西南部の市町村の人口減少のペースが速く、令和2年の国勢調査の速報値では対前年比で6~10%減。非常に怖い数字だ。
 2024年11月12日に国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が公表した都道府県別の世帯数の将来推計によると、ひとり暮らしをする65歳以上の高齢世帯の割合は、2050年に32道府県で20%を超える見通しだという(2020年時点の全国平均は13.2%で、20%を超える都道府県はなかった)。うち、最も高いのが高知県(27.0%)で、徳島県(25. 3%)、愛媛県(24. 9%)と四国が続く。
 このような現状と見通しのなか、行政単体で市民が生き活き暮らせるようにするのは難しい、少子高齢化のスピードが速く、国の施策を待っていられないという認識の下、本市は様々な分野の方――地域住民、民生委員、自治会長、老人クラブ、医療関係者、警察・消防、民間事業者など――に参画いただきながら、施策をつくってきた。その際に重視したのは個別ケースへの対応である。多機関・多職種がそれぞれ「何ができるか」の案を出し合い、課題解決につなげる。その事例を基盤整備や総合計画の策定などに反映させてきた。

人口減少を前提にしたまちづくり

 本市は2016年に「宇和島市総合戦略」を策定した。同戦略に基づく、人口減少に対する、移住施策や子育て施策などがはまったとしても、人口減はそのスピードが緩まりこそすれ、止まらないだろう。むしろ「人口減少、高齢化が進んでも、生き生きと暮らせるまちづくり」のためにヘルスケアをベースとする施策が本市にとっての地方創生ではないかと考えた。
 多世代交流施設をつくることによって、都市部のアクティブシニアの移住も含めた、地元の様々な方が集まる交流の場、高齢者の社会参画の場の提供により健康寿命の延伸を目指すCCRC。これをベースとして2018年に「生涯活躍のまち うわじま(宇和島版CCRC)基本構想」がつくられた。同構想では「まちなか型」と「中山間型」の2種類を提案。後者のひとつが、2018年に旧幼稚園を改修して整備された三間町の「もみの木」である。社会福祉法人宇和島市民共済会に委託し、「支えあいの地域事業」として始まった。2016年からは三菱総合研究所の松田さんに伴走いただいている。

災害時に機能した住民主体の支援活動

 それから半年後の2018年7月7日、西日本豪雨で宇和島市も被災した。三間町では浄水場の被害によりほぼ全体が断水。通水するまでに飲料水は1カ月、生活用水は2カ月を要したのだが、その間、「もみの木」では人づてやSNSにより、飲料水や生活用水、食料、衛生用品など独自で調達した。とくに不足していた生活用水は「もみの木」に関わる住民のネットワークにより、隣接する愛南町在住者から支援をいただき、活魚運搬車に積載したタンクで毎日運んでもらった。
 支援物資は比較的集まったのだが、問題はそれをどうやって住民の元に届けるか。三間町では見守りネットワークが機能し、住民はハイリスクの高齢者を把握していたので、自治会長や民生委員が、あるいはケアマネージャーが「もみの木」に立ち寄って生活支援物資をもっていった。「もみの木」を運営する社会福祉法人とそこに集まる住民から生まれた支援によって、行政は、とくに被害の大きかった三間町と吉田町のうち、地滑り被害の大きかった吉田町の救援活動に注力できたのである。

もみの木概観

災害支援から多世代交流へ

 開設当時、子どもとは縁遠かった「もみの木」は、災害により急遽行き先を失った子どもの受け入れ先となる。発災により、放課後子ども教室を行っていた公民館が避難所となったため、避難所と子ども教室の併設が運営初日で行き詰まった。その中で「地域の頼みごとを断らない『もみの木』というところがある」と聞いた放課後子ども教室の先生が相談を持ちかけてきた。先生の依頼を聞いた住民代表は「いいですよ」と即答、翌日から受け入れが始まった。その後「もみの木」は夏休み子ども教室の会場にもなった。
 夏休み子ども教室には発達障害のある子どももいるので、どう接すればいいかを学ぶ勉強会を住民が企画。発達障害のある子どもは世界をどのように見ているのかについて、愛媛大学の先生から講義を受け、運営に関わった。
 「もみの木」は介護予防教室から始め、子どもが集まるのは2~3年後というイメージだったのだが、災害によって両方一緒にやろうということになった。夏祭りが中止になったので、代替イベントとして開催した納涼祭には子どもも高齢者も障害者も集まった。
 2019年からは「もみの木」の横展開として九島での拠点整備を始めた。離島であった九島に「九島大橋」が開通したのは2016年。市内と陸続きとなったことで旧九島小学校と旧九島診療所が閉鎖された。現在の九島の人口は703人である。本市は、地域交流拠点を核とすることで困りごとの解決や健康づくりに取り組めるよう、旧小学校を住民ワークショップの場、旧診療所を暮らしの保健室として再利用することにし、社会福祉法人正和会に運営を委託した。

旧九島小学校

 2020年には小学校の音楽室の改修が行われ、ユニバーサルレストランという多世代が集う場として整備された。住民のつくった野菜が提供されているほか、ここを核として島内の各集会所では「うわじまガイヤ健康体操」が行われ、参加すると50ポイントを得られる制度も設けられた。
 旧診療所は「島の保健室」として整備するための財源としていた地方創生推進交付金が不採択となり、約200万円の財源の拠り所がなくなった。そこで本市としてガバメントクラウドファンディングをやろうということになり、「島の保健室」の提案をしたところ、211万円の寄付金額が集まった。本事業のために寄付してくださった方々は返礼品を断るケースが多く、本市の取り組みを全国の方に理解してくださっていると感じた。災害から立ち直るためのガバメントクラウドファンディングの提案が健康長寿、共生社会の実現と合致していたことがわかった。

島の保健室

拠点整備による化学反応

 岐阜県出身の野澤美香さん。助産師・保健師・救急救命士であり、JICA(国際協力機構)の健康管理員としてカンボジアで活動していた経験もある方だ。定年退職後「島に移住したい」という希望があった野澤さんは、移住フェアで宇和島を知り、「島の保健室」を運営していた正和会と面談。2020年から「島の保健室」での勤務を始めた。どんどん仲間をつくっていく野澤さんは、住民からの信頼が厚く、地元のお母さん方と一緒に、介護予防事業への参加が少ない男性を戸別訪問。参加を促す通称「男狩り」(笑)を始めた。それが高じて、男性介護予防サロン「THE男塾」ができた。
 「島の保健室」では、島民アンケートの困りごとの上位に「食事をとるところがない」があったことから、野澤さんと地元のお母さん方が中心となり「ふるさとキッチン九島」を結成。令和2年(2020)
年度の地方創生交付金は内定をいただいたので、旧小学校の家庭科室を改修し専用の厨房をつくり、島民による配食サービスを開始した。さらに2階の教室を改修し、地域住民が多世代交流イベントの企画運営を行う「島おこし基地」を整備。それに伴い、島民の見守りグループ「コスモス」、「島おこし基地」で企画運営する
「島おこし隊」など、様々な団体も発足した。
 第3の拠点は津島町の「楽校うらしり」である。運営主体は社会福祉法人宇和島市社会福祉協議会。令和4(2022)年度に食品加工やレストラン運営を行う企業組合「あすも」が旧浦知小学校を自己財源で改修し、レストランを開設した。同校が閉校後、地元有志で立ち上げた浦知活性化協議会の多職種連携のノウハウを借り、管理栄養士などを招いて血圧の測定やベジチェック(カゴメ株式会社が開発した、手のひらをvセンサーに当てるだけで推定野菜摂取量を測定できる機器)などを実施。現在は「買い物いこカーうらしり号」など買物弱者支援事業――どこに行ってもいいということで、ときに小旅行のようになったりするが(笑)――やマルシェ、餅つき大会やスマホ教室などの世代交流事業にまで広がっている。

楽校うらしり

隙間のない支援を可能にするために

 地域の拠点において住民の会話、住民の参画の機会が広がると、バイタリティのある方が見つかる。その人たちがやりたいということを社会福祉法人が形にしていくので、「あの人にいえば、私たちのしたいことが実現するかもしれない」というつぶやきが形になる。
 地域住民が取り組み、そこに行政、医療、福祉、さらには市内外の企業が関わっていく。孤独・孤立、引きこもり、生活困窮、認知症等など、本来は行政や専門家に委ねる社会課題に対して、住民や企業が連携することで隙間のない支援に取り組めるようになると、本市が生涯活躍のまちに取り組むに当たって立てた仮設が、「もみの木」の開設から9年が経過し、個別事例を通じて立証されつつある。
 本市の生涯活躍のまちは担当課が高齢者福祉課ゆえに「福祉」の拠点と捉えられがちであるが、本質は「地方創生」であり、産官学連携がベースである。その事例を紹介する。
 ひとつ目は厚生労働省官民研究投資プログラム(PRISM)。2021年度から始めた本プログラムは、スマホのアプリを使うことにより、どのくらい健康状態が改善されるかという実証実験である。株式会社楽天に委託したスマホ教室では、平均70歳の参加者の半分がオンライン会議に参加できるようになった。
 二つ目は高血圧改善プログラム。愛媛県は、心疾患で亡くなる方が女性は全国で1位、男性は同2位。その原因となる高血圧を抑えるため「減塩」を推奨しても浸透しないので、ナトリウム・カリウム比(塩分を摂っても、カリウム〔野菜〕を摂取すれば、ある程度改善されるという仮設)を考慮したメニューを開発。オンライン栄養指導と食事により血圧がどう改善するかという実証事業に、宇和島市、市立宇和島病院、静岡社会健康医学大学院大学、タウンドクター株式会社と一緒に取り組んでいる。
 三つ目はJICAグローカルプログラム。令和3(2021)年度、コロナ禍でJICA海外協力隊を派遣できないなか、生涯活躍のまちを手がけていた自治体に国内での活動として受け入れてほしいとの照会があった。本市は「もみの木」と「島の保健室」で受入れ、3カ月間の活動につながった。令和5(2023)年度以降はJICAの派遣前プログラムとして、4隊を受け入れた。訓練生は、介護予防教室の体力測定のデジタル化など、地域課題に対する支援策を具現化している。任国に派遣中もオンラインでの交流会を実施し、小中学生に海外の様子をリアルタイムで見せるグローバルな社会教育を行ったことで、小学2年生が熱心に世界地図を見るという光景も生まれた。
 その他、日本郵便株式会社と訪問診療を行う診療所、調剤薬局との協働による「スマートスピーカーを活用した『高齢者見守り・オンライン診療』」を実施。その取り組みは内閣官房が実施するDigi田甲子園2023の地方公共団体部門で優勝(内閣総理大臣賞〔審査委員選考枠〕)している。

今後の展開

 現在、まちなか型生涯活躍のまちを検討中である。宇和島市総合戦略の一環として、まちなか型交流拠点の検討プロジェクトチームを組織した。拠点のコンセプトや財源の検討を行い、整備計画につなげることを目的としたチームで、令和6年度は、高齢者福祉課・企画課(地方創生)・商工観光課・生涯学習課・市長公室(シティセールス)・都市整備課の庁内メンバーに、オブザーバーとして三菱総合研究所の松田智生氏にも加わっていただいた。令和7年(2025)度は東京大学大学院復興デザインスタジオとの協働で、拠点のグランドデザインを高校生、高齢者、商店街代表と検討中である。
 本市は第3期となる総合戦略において、移住定住・新規就労・産業振興・子育て施策などを展開中であるが、「攻め」の地方創生と同時に、人口が減少しても住民が生き活き暮らせる「守り」の施策も必要だと考えている。
 従来の地縁・血縁のコミュニティは、過干渉を拒む世代から敬遠される傾向がある。趣味、食、ネット等を通した緩いつながりでも、地域の互助力は上がるのではないか。行政が拠点を通してつながりをつくろうとしても、そこに「楽しさ」がなければ地域住民はその気にならない。拠点ができた後も、行政職員が自ら楽しみながら地域と一緒に動くことで、何らかの変化が生まれる。私はこの10年で実感した。

いわむらまさひろ●1971年生まれ。平成5年宇和島市役所入庁。農業委員会、生涯学習課、市立宇和島病院勤務を経て、平成27年度から地域包括支援センターにて地域包括ケアシステムの構築を開始。これまで介護予防事業から医療介護連携事業、生涯活躍のまち事業、地域共生社会の実現事業の担当を経て、令和3年度から重層的支援体制整備事業を実施中。人口減少が急激に進む宇和島市において「健康長寿のまちづくり」に取り組み、2020年には日経BP社主催の「まちのチカラを引き出したPPPアワード」健康・福祉賞を受賞。令和3年度からは高齢者福祉課との兼務で少子高齢化が進む宇和島市でのまちづくりを実践している。