そもそもは地域交流センターという1976年4月発足した団体があり、環境問題を出発点に、国、地方公共団体、大学、研究者、市民、民間団体、企業等の交流をまちづくりにつなげていくことを目的にしていました。同センターが京都の嵐山で空き缶問題に取り組んだことがありました。ポイ捨てされた空き缶をエリアごとに設置してあるトイレの前に集積したところ、名勝地にもかかわらず、トイレが汚いことに気づいてしまいました。当時、地域交流センターの代表をされていた田中栄治さんがどうにかしようということで、トイレに関心を持つ人を集め、1985年に日本トイレ協会を設立しました。

 「THE TOKYO TOILET」(以下TTTという)プロジェクトの出資者で、企画の中心人物は、ファーストリテイリングの取締役でもある柳井康治氏で、その後、製作された映画、『PERFECT DAYS』では、プロデューサーを務められました。その他、運営プロデューサーとして、日本財団、設置者として渋谷区が協働した形でつくられています。当初の目的は、公衆トイレはまちなかで誰にとっても重要な場所であるにもかかわらず、人々が(とくに女性は)避けて通るような存在になっている。この状況を見直してゆくことでまちが変わるのではないか、その提案をしたいということだったと伺っております。
 当初、トイレを中心に設計をする私の存在は、ご存じなかったようで、私が設計した小田急線新宿駅西口地下の客用トイレ※をどなたかが見て、私にお声をかけていただいたようです。

「TTT 」で手掛けた渋谷区笹塚緑道公衆トイレ

 同プロジェクトのメンバーに加わらせていただき、初めて柳井さんにお目にかかったとき、「公衆トイレの一番の難しさは維持管理です。利用者が不特定多数の方々ゆえ、そのマナーの悪さにメンテンナンスの速度がなかなか追いつかない。230カ所以上、公共トイレをやってきましたが、一番難しいのは公衆トイレです」と申し上げました。柳井さんをはじめTTTの中心におられた方々は、メンテナンスの大切さも理解されておりました。
 TTTの竣工は、最初と最終で1年半くらいの差があります。柳井さんは、最初に竣工したトイレの使われ方やその評価の高さ、そのなかで一筋縄ではいかない管理を頑張っているメンテナンスの方々をご覧になって、これをみんなに知ってほしいと考えられたと伺いました。そこでトイレ清掃をする人を主人公にした物語をつくって、自身が好きなヴィム・ヴェンダース監督に直接オファーされたのだそうです。

※ IAUD国際デザイン賞2020の公共空間デザイン部門において金賞受賞。

 とくにありませんでした。住宅の設計を手掛けてきた私は、施主の一人ひとりの思いや潜在的な心理を読み取り、それらを建物に反映させてきました。トイレはあくまでそのなかのひとつでした。
 きっかけはバブル期です。夫の転勤で札幌と仙台に移り住み、7年間、現地の設計事務所で仕事をし、東京に戻ってきたのが1980年代半ばでした。当時はこれまでの大量生産、大量消費を見直し、人間にとって本当の快適さとは何かを考えさせる時代でもありました。
 1987年には国鉄が民営化されました。これまでの経営姿勢から顧客第一へと転換する際に注目されたひとつが利用客からの「汚い」とのクレームが多かったトイレでした。それまでは「利用人数に対していくつあればいい」という程度の認識だったんです。公衆トイレは語るのもタブーというか、汚くても関心をもたれない場所でした。とはいえ、使わざるをえない場所でもあるので、多くの人は息をつめながら用を足す。しかし、本来のトイレはほッと一息つける場所――人を心理的にも生理的にも解放してくれる場所ではないか。日本語には「野雪隠」(野原などに一時的にしつらえた便所)、花摘み(他人の目から姿を隠したい場合に使われる言い回し。お花摘みに行く=お手洗いに行く)といった表現があります。人が素地に戻る、そんな場所だと私は思いました。
 それからトイレの設計に取り組むことになるのですが、たとえばビルにトイレを設置する際、その空間に小さな部屋が4~5つ並ぶわけで、私には「このビルディングのなかに個室をつくる」という感覚でした。一畳足らずの小さな空間が、外と仕切られたまちのなかの部屋であると。

③小田急線新宿駅西口の客用トイレ
竹ノ塚駅駅向けの子ども用トイレと授乳室
諫早市森山町通学路のトイレ

小林純子さん KOBAYASHI Junko

一級建築士。日本女子大住居学科卒業。田中西野設計事務所等を経て、1989年設計事務所ゴンドラ設立。1989年香川県坂出市に5億円をかけた新観光名所の公衆トイレ「チャームステーション」の設計に携わったことがきっかけで、公共トイレの設計を中心に活動を開始。性別や国籍、年齢などにとらわれず、全ての人が快適に過ごせるトイレ建築を行っている。2014年東洋大学にて「公共トイレ改善の取り組みの評価と実現方策に関する研究」で工学博士号取得。主な作品に大丸東京店・湘南ステーションビル(駅ビル)、成田空港第2ターミナル、京阪電鉄淀屋橋トイレ、千代田区秋葉原有料公衆トイレ、学校のトイレ、公衆トイレ等、約230件の公共トイレプロジェクトに携わる。小田急線新宿駅西口の客用トイレはIAUD 国際デザイン賞2020の公共空間デザイン部門において金賞受賞。『心に響く空間~深呼吸するトイレ~』(弘文堂)など、多数の著書がある。