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【プレイバック・インタビュー】いつでも、どこでも、誰もが快適に使える場所~SDGsとしてのトイレを考える~
トイレは日常からは隠されがちですが、なくてはならないもの。先の能登半島地震の災害支援においても、その重要性が再認識されました。長年トイレの設計に関わってこられた設計事務所ゴンドラ代表の小林純子さんへのインタビュー(第53号〔2024年8月〕所収)を掲載いたします。小林さんは内閣府より「令和8年度 男女共同参画社会づくり功労者内閣総理大臣表彰」を受賞され、令和8年6月25日に総理大臣官邸において執り行われた表彰式にて、高市早苗内閣総理大臣より表彰状が授与されました。
――小林さんが前会長を務められていた一般社団法人日本トイレ協会とはどういう団体なのでしょうか。
そもそもは地域交流センターという1976年4月発足した団体があり、環境問題を出発点に、国、地方公共団体、大学、研究者、市民、民間団体、企業等の交流をまちづくりにつなげていくことを目的にしていました。同センターが京都の嵐山で空き缶問題に取り組んだことがありました。ポイ捨てされた空き缶をエリアごとに設置してあるトイレの前に集積したところ、名勝地にもかかわらず、トイレが汚いことに気づいてしまいました。当時、地域交流センターの代表をされていた田中栄治さんがどうにかしようということで、トイレに関心を持つ人を集め、1985年に日本トイレ協会を設立しました。
――映画『PERFECT DAYS』で主人公を演じる役所広司さんが毎日せっせと掃除するトイレは、「THE TOKYO TOILET プロジェクト」の対象である渋谷区内の公共トイレであり、著名な建築家やクリエイターが改修した17カ所のうちのいくつかが出てきます。小林さんは、同プロジェクトのうちのひとつ、「笹塚緑道公衆トイレ」を設計されたそうですね。
「THE TOKYO TOILET」(以下TTTという)プロジェクトの出資者で、企画の中心人物は、ファーストリテイリングの取締役でもある柳井康治氏で、その後、製作された映画、『PERFECT DAYS』では、プロデューサーを務められました。その他、運営プロデューサーとして、日本財団、設置者として渋谷区が協働した形でつくられています。当初の目的は、公衆トイレはまちなかで誰にとっても重要な場所であるにもかかわらず、人々が(とくに女性は)避けて通るような存在になっている。この状況を見直してゆくことでまちが変わるのではないか、その提案をしたいということだったと伺っております。
当初、トイレを中心に設計をする私の存在は、ご存じなかったようで、私が設計した小田急線新宿駅西口地下の客用トイレ※をどなたかが見て、私にお声をかけていただいたようです。

同プロジェクトのメンバーに加わらせていただき、初めて柳井さんにお目にかかったとき、「公衆トイレの一番の難しさは維持管理です。利用者が不特定多数の方々ゆえ、そのマナーの悪さにメンテンナンスの速度がなかなか追いつかない。230カ所以上、公共トイレをやってきましたが、一番難しいのは公衆トイレです」と申し上げました。柳井さんをはじめTTTの中心におられた方々は、メンテナンスの大切さも理解されておりました。
TTTの竣工は、最初と最終で1年半くらいの差があります。柳井さんは、最初に竣工したトイレの使われ方やその評価の高さ、そのなかで一筋縄ではいかない管理を頑張っているメンテナンスの方々をご覧になって、これをみんなに知ってほしいと考えられたと伺いました。そこでトイレ清掃をする人を主人公にした物語をつくって、自身が好きなヴィム・ヴェンダース監督に直接オファーされたのだそうです。
※ IAUD国際デザイン賞2020の公共空間デザイン部門において金賞受賞。
――小林さんはもともとトイレの設計にご関心があったのでしょうか。
とくにありませんでした。住宅の設計を手掛けてきた私は、施主の一人ひとりの思いや潜在的な心理を読み取り、それらを建物に反映させてきました。トイレはあくまでそのなかのひとつでした。
きっかけはバブル期です。夫の転勤で札幌と仙台に移り住み、7年間、現地の設計事務所で仕事をし、東京に戻ってきたのが1980年代半ばでした。当時はこれまでの大量生産、大量消費を見直し、人間にとって本当の快適さとは何かを考えさせる時代でもありました。
1987年には国鉄が民営化されました。これまでの経営姿勢から顧客第一へと転換する際に注目されたひとつが利用客からの「汚い」とのクレームが多かったトイレでした。それまでは「利用人数に対していくつあればいい」という程度の認識だったんです。公衆トイレは語るのもタブーというか、汚くても関心をもたれない場所でした。とはいえ、使わざるをえない場所でもあるので、多くの人は息をつめながら用を足す。しかし、本来のトイレはほッと一息つける場所――人を心理的にも生理的にも解放してくれる場所ではないか。日本語には「野雪隠」(野原などに一時的にしつらえた便所)、花摘み(他人の目から姿を隠したい場合に使われる言い回し。お花摘みに行く=お手洗いに行く)といった表現があります。人が素地に戻る、そんな場所だと私は思いました。
それからトイレの設計に取り組むことになるのですが、たとえばビルにトイレを設置する際、その空間に小さな部屋が4~5つ並ぶわけで、私には「このビルディングのなかに個室をつくる」という感覚でした。一畳足らずの小さな空間が、外と仕切られたまちのなかの部屋であると。

――公共のものだけれども、個人としていられる空間ですね。
知らない者同士が共有する個室です。誰かが「しっこうゆうよ≒執行猶予」と表現されていました(笑)。長居はできないけれど、用を足し終わるまでの一定の時間が誰にも認められる場所という意味です。だからこそ、きれいに使わなくてはならない。でも、なかには汚したままで立ち去ってしまう人もいる。
私がそれまで携わってきた住宅設計は施主のためにつくればよかった。公共トイレは使う人の顔が見えず、最初のうちはどう設計していいのかわかりませんでしたが、誰もが解放される場所であると考えることで見えてくるものがありました。
この約40年間で設計を手掛けたトイレは230以上になります。私たちは、いつでもどこでも誰もが快適に使えるトイレを目指してきました。「いつでも」とは常にきれいな状態を維持する、「どこでも」とは商業施設でも、山の上でも、それぞれの場に最適なものを設置する、「誰でも」は子どもから高齢者まで、視覚障害の方、車椅子を使う方、認知症の方、介助者を必要とする方も使える、「快適」とは安全と清潔が確保されているということです。誰もが使えるユニバーサルデザインを求めると同時に、障害のある人でも問題なく使えるよう想定しながら設計します。装置の位置が10cmでも違うと使えなくなることがありますから。
いまの時代も子どもや高齢者のケアは主に女性が担っています。したがって公共トイレに2人で入ることが多いのも女性ですが、1人用のトイレしかないところが少なくない。そうすると、子どもを外で待たせなくてなりません。その間、心配ですよね。そこである商業施設で私たちは子ども用トイレをつくりました。それを見ると子どもは喜ぶだけではなく、そこに入りたいので、落ち着きのない子でもおとなしく順番を待つんです。
商業施設がトイレを綺麗にすることで集客を図れるというメリットもあります。昨年、1,000人に商業施設のトイレについてのアンケート調査を行ったところ、回答者の3割が「トイレがきれいならば、その施設に行く」と答え、そのうちの7割は「そこで買い物をする」との結果が出ました。
私たちが子ども用トイレを設置した商業施設で、子ども3人を連れたお母さんを見たことがあります。たくさんの買い物を手に疲れた表情をしていましたが、子どもたちが子ども用トイレを見つけて入っていったとき、お母さんがほッとしてトイレの前のベンチに腰を下ろしたんです。「ああ、トイレにはこういう効用もあるんだ」と思いました。
東武伊勢崎線の竹ノ塚駅にも電車をモチーフにした楽しい雰囲気のこども用トイレを設計しました。竹ノ塚のある足立区の近藤やよい区長は、「足立区を共働き夫婦が住みやすいまちにする」を公約に掲げており、同駅向けの子ども用トイレと授乳室の設計を依頼されたのです。

――トイレがまちづくりにつながったケースもあるとお聞きしました。
20年ほど前に手掛けた長崎諫早市の山道に設置したトイレです。地元小学校の生徒の通学路で、全校生徒400人のうち100人くらいが1時間かけて集団登下校していました。途中で用を足したくなると通りに面したガラス店のトイレを借りていたのですが、毎日、子どもたちが使わせてもらうのも申し訳なく、店主も代替わりしていきます。そこで町長や校長先生の主導で、通学路にトイレをつくろうということになりました。小学校が想定した場所は田畑が広がっているところでした。私は「トイレはきちんと管理しないとすぐに汚くなり、安全性も確保されません。そういう意味では厳しい場所です」と伝えたところ、近くの農家の方が、生徒たちが帰るころに合わせて、近くで農作業をしてくれるようになりました。自然の見守りですね。週に1回は通学路を使う生徒と保護者が掃除することも決めました。それは2003年に完成して以来、いまも続いています。このプロジェクトの成功のポイントは学校を巻き込んだこと。生徒の4分の1が使うところなので、先生方も転勤の際には後任に必ず引き継ぎをしてくれるので、途切れることがないのです。

――トイレに対する認識が深まった気がします。今日の話を頭に入れて、『PERFECT DAYS』をもう一度、観ようと思いました。
あの映画には、主人公が代々木八幡神社の境内のベンチに座って、ときどき木漏れ日を見上げながら、お昼のサンドイッチを食べるシーンがありますよね。あそこがいま映画の「聖地巡礼」の場になっているんです。年配の女性グループが「ここよ、ここ」と言って訪れたり。米国の大学教授ご夫婦に東京をご案内した際、代々木八幡神社に立ち寄りました。近くに昼食をとれるお店がなかったので、映画の真似をして、コンビニでサンドイッチを買い、境内で食べたんですよ(笑)。ご夫婦が帰国後、送ってくださった礼状には「あのランチがとてもよかった」と書かれていました。 (聞き手 芳地 隆之)
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小林純子さん KOBAYASHI Junko
一級建築士。日本女子大住居学科卒業。田中西野設計事務所等を経て、1989年設計事務所ゴンドラ設立。1989年香川県坂出市に5億円をかけた新観光名所の公衆トイレ「チャームステーション」の設計に携わったことがきっかけで、公共トイレの設計を中心に活動を開始。性別や国籍、年齢などにとらわれず、全ての人が快適に過ごせるトイレ建築を行っている。2014年東洋大学にて「公共トイレ改善の取り組みの評価と実現方策に関する研究」で工学博士号取得。主な作品に大丸東京店・湘南ステーションビル(駅ビル)、成田空港第2ターミナル、京阪電鉄淀屋橋トイレ、千代田区秋葉原有料公衆トイレ、学校のトイレ、公衆トイレ等、約230件の公共トイレプロジェクトに携わる。小田急線新宿駅西口の客用トイレはIAUD 国際デザイン賞2020の公共空間デザイン部門において金賞受賞。『心に響く空間~深呼吸するトイレ~』(弘文堂)など、多数の著書がある。
